藤子不二雄Ⓐ氏の代表的なブラックユーモア作品『笑ゥせぇるすまん』。
喪黒福造が「ココロのスキマ」を抱えた人の前に現れ、願いをかなえる代わりに約束を課すという独特の世界観は、一度見ると忘れられません。
しかし、作品の外側を調べていくと、喪黒福造の正体やモデル、「ドーン!」の意外な元ネタなど、知られざる設定や制作秘話が数多く残されています。
今回は、藤子不二雄Ⓐ氏本人の発言や公式資料を中心に、有名な考察や都市伝説もあわせて紹介します。

謎のセールスマン・喪黒福造が、人々の心のすき間に入り込んでいく藤子不二雄A氏の名作『笑ゥせぇるすまん』。
欲望や弱さを鋭く描いた物語は、怖さがありながらも思わず読み進めてしまう独特の魅力があります。
「ドーン!!」で知られる名場面の数々をまとめて楽しめます。
「ドーン!」は麻雀仲間の実際のクセだった

喪黒福造といえば、相手を指さして放つ「ドーン!」が有名です。
この決め台詞にも、実在のモデルがいました。
藤子不二雄Ⓐ氏には、小学生時代から付き合いのある麻雀仲間がいたそうです。
その人物は麻雀で上がる時、普通に「ロン」と言うのではなく、相手を指さして「ドーン!」と言っていました。
藤子氏はその迫力に驚き、「これはネタになる」と覚えていたそうです。
その体験が、後の喪黒福造を象徴する「ドーン!」へとつながりました。
「ゴルフのインパクト音から生まれた」などの説も見られますが、作者本人が語っている元ネタは麻雀仲間の「ドーン!」です。
作中では相手の心へ直接衝撃を与えるようにも見えるため、催眠術や超能力の一種ではないかという考察もあります。
ただし、その能力について詳しい仕組みが公式に説明されたわけではありません。
喪黒福造には正反対の弟・喪黒福次郎がいる

意外にも、喪黒福造には弟がいます。
その名は「喪黒福次郎」です。
藤子不二雄Ⓐ氏による『喪黒福次郎の仕事』の主人公で、兄とはまったく違う仕事をしています。
藤子不二雄Ⓐ氏の公式サイトでは、兄の福造が間違った道を選んだ人を奈落へ追いやるのに対し、福次郎は「人生を踏み外しそうになった人」を助ける人物だと説明されています。
見た目には兄を思わせる部分がありますが、表情は柔らかく、雰囲気もかなり穏やかです。
困っている人物へ近づくところまでは兄と似ていますが、その先に待っている結果は正反対なのです。
「人を追い込む兄」と「人を救う弟」という兄弟になっている点は、知ると喪黒福造というキャラクターの見え方まで変わる設定ではないでしょうか。
喪黒福造の顔のモデルは大橋巨泉氏
喪黒福造の丸い顔と大きな口には、実在するモデルがいます。
藤子不二雄Ⓐ氏本人が明かした人物は、大橋巨泉氏です。
藤子氏と大橋氏は友人で、一緒にゴルフをしたり、お酒を飲んだりする仲だったそうです。
藤子氏は大橋氏の顔を見ながら、「漫画に使える」と感じ、喪黒福造の顔へ取り入れました。
ネット上では政治家の大平正芳氏もモデルだったという情報が見られます。
しかし、藤子氏本人の証言として確認できるモデルは大橋巨泉氏です。
アニメ版で喪黒福造の声を担当したのが大平透氏だったこともあり、別の「大平」という名前と情報が混ざった可能性も考えられます。
いずれにしても、あの一度見たら忘れられない顔が、藤子氏の身近にいた人物から生まれていたのは面白いところです。
最初のタイトルは『黒イせぇるすまん』だった
現在は『笑ゥせぇるすまん』として知られていますが、最初からこのタイトルだったわけではありません。
1968年に『ビッグコミック』へ掲載された時の題名は『黒イせぇるすまん』でした。
その後、1989年にテレビアニメ化された際、『笑ゥせぇるすまん』へと改題されています。
この流れは小学館の公式サイトでも確認できます。
ここから生まれた有名な都市伝説が、「『黒』という言葉が問題視されたため変更された」という説です。
ネットでは自主規制による改題だったという情報が長く広まっています。
しかし、小学館の公式資料では旧題から現在の題名へ改題された事実までは説明されているものの、その理由については明記されていません。
そのため、「自主規制が理由だった」と事実のように断定するのは危険です。
『黒イせぇるすまん』から『笑ゥせぇるすまん』へ変わったことは事実ですが、改題の詳しい理由については謎が残っています。
『黒イせぇるすまん』は藤子不二雄Ⓐ氏の漫画人生を変えた
『黒イせぇるすまん』が生まれた背景には、藤子不二雄Ⓐ氏自身の悩みがありました。
当時の藤子氏は『忍者ハットリくん』『怪物くん』など、子ども向け作品ですでに成功していました。
しかし年齢を重ねる中で、「この先も子ども向け漫画を描き続けられるだろうか」と考えるようになったそうです。
そんな時、『ビッグコミック』の創刊にあたり、大人向け漫画を描かないかと声をかけられました。
藤子氏は以前から好きだったスタンリイ・エリンやロアルド・ダールなどのブラックユーモアに注目し、その世界を漫画へ取り入れます。
そこで誕生したのが『黒イせぇるすまん』でした。
作品には反響があり、藤子氏自身も「この路線がいける」と感じ、作風を広げていったと振り返っています。
つまり喪黒福造は、一人の人気キャラクターを生んだだけではありません。
その後の藤子不二雄Ⓐ氏を代表するブラックユーモア路線を作る、大きなきっかけにもなったのです。
作者自身は「喪黒側」ではなくターゲット側だった
『笑ゥせぇるすまん』を読むと、藤子不二雄Ⓐ氏は喪黒福造のように人間の弱さを冷静に観察していたようにも思えます。
ところが本人の認識は少し違っていました。
脳科学者・中野信子氏との対談では、「僕は喪黒福造に陥れられるターゲット側の人間ですよ」という題名が付けられています。
さらに藤子氏は、自分が子どものころは恥ずかしがり屋で気が弱く、誰かに助けてもらいたいと思うことがあったと語っています。
つまり、喪黒の客たちに描かれている弱さは、作者が他人を外から観察して笑っていただけではありません。
藤子氏自身が持っていた弱さや不安も、作品の重要な材料になっていたのです。
「自分なら喪黒の誘惑に勝てる」と思って読んでいた人ほど、少し怖くなる話かもしれません。
「途中下車」は実際に見かけた会社員から生まれた
『笑ゥせぇるすまん』には、藤子不二雄Ⓐ氏が実際に目撃した出来事から生まれたエピソードもあります。
その一つが「途中下車」です。
藤子氏が電車に乗っていた時、窓の外にいる女性を眺めている会社員を見かけました。
約1か月後、偶然また同じ男性と同じ電車に乗ります。
ところが、その日は女性の姿が見えず、男性は残念そうな表情をしていたそうです。
藤子氏はその様子を見て、「これはネタになる」と考えました。
そこから、長年まじめに暮らしてきた会社員が喪黒によって初めて「途中下車」をする物語へと発展していきます。
『笑ゥせぇるすまん』の奇妙な人々は、すべて作者の頭の中だけから生まれたわけではありません。
藤子氏が日常で見かけた普通の人々の行動も、喪黒の世界を作る材料になっていたのです。
喪黒の誕生秘話を作者自身が漫画にしている
喪黒福造がどのように生まれたのかについては、作者本人が漫画にした作品まで存在します。
2003年に発表された『わが名はモグロ…喪黒福造』です。
この作品では、若き日の藤子不二雄Ⓐ氏が創作に悩みながら、喪黒福造というキャラクターへたどり着くまでが描かれています。
長い間単行本には収録されていませんでした。
その後、2011年発売の『藤子不二雄Ⓐのブラックユーモア 黒イせぇるすまん』で初めて単行本化されています。
つまり『笑ゥせぇるすまん』には、作者自身が描いた「公式メイキング漫画」と呼べる作品まで存在するのです。
本編だけを読んでいると知ることのできない、かなり珍しい裏話でしょう。
喪黒の恐ろしさは作者自身の少年時代から生まれた
喪黒福造は、最初から相手を力ずくで追い込むわけではありません。
まず悩みを聞き、助けとなるものを与え、客自身に選ばせる形を取ることが多くなっています。
この基本的な発想にも、藤子不二雄Ⓐ氏自身の経験が関係していました。
藤子氏は少年時代、気が弱く、誰かの助けがほしいと思うことがあったと振り返っています。
そこから、「一度だけ助けてもらうならよいが、二度目まで頼ったら、とんでもないことになるかもしれない」と想像をふくらませたそうです。
喪黒の物語が怖いのは、特別に悪い人だけが狙われるからではありません。
誰にでもある「少しだけ楽をしたい」「もう一度だけ頼りたい」「自分だけなら大丈夫」という気持ちから、物語が始まるように作られているからなのでしょう。
だからこそ『笑ゥせぇるすまん』は、時代が変わっても自分のことのように感じられる作品なのかもしれません。
喪黒福造は悪魔?正体は最後まで明かされていない
藤子不二雄Ⓐ氏は喪黒福造を「人間ではない存在」として考えていたとされていますが、作中では年齢や出身地、種族などがほとんど明かされていません。
喪黒誕生の原点として藤子不二雄Ⓐ氏が語っているのが、「底意地の悪い福の神」という発想です。
普通の福の神は人を幸せにしますが、喪黒は客の願いを一度かなえたあと、その人が欲望に負けたり約束を破ったりすると、一気に状況を悪化させます。
そのため、喪黒は「幸福を与えるように見えて、逆に人間の弱さを試す福の神」と考えることもできます。
一方で、有名なのがゲーテの『ファウスト』に登場するメフィストフェレスと重ねる考察です。
メフィストフェレスは人間の欲望につけ込み、望みをかなえる代わりに契約を求める悪魔です。
喪黒も客の「ココロのスキマ」を見つけ、望みをかなえたあとに約束を課すことが多いため、非常によく似ています。
しかも喪黒は基本的にお金を要求しません。
そのため、「本当の報酬は客が欲望に負けていく姿なのではないか」「絶望や後悔そのものを楽しんでいるのではないか」という考察も生まれました。
さらに、「喪黒は人間の欲望そのものを形にした存在ではないか」という説もあります。
喪黒は何も悩みのない人へ無理やり近づくというより、寂しさや見栄、出世欲、現実逃避など、すでに心にスキマを抱えている人物の前へ現れます。
そして最後に問題を起こすのも、喪黒自身というより、客が欲望を抑えきれず約束を破ったことが原因になっている場合が少なくありません。
そのため喪黒は、外からやって来た悪魔というより、「誰の心の中にもある弱さや誘惑を目に見える形にした存在」と読むこともできます。
ほかには「喪黒=現代版の死神」という都市伝説もあります。
「ドーン!」を受けた人物が社会から姿を消したり、普通の生活へ戻れなくなったりすることから生まれた説です。
しかし、喪黒は人の命を集めることを目的としているわけではありません。
客によって結末も大きく違うため、死神と考えるには少し無理があります。
人間ではないとされる喪黒に弟までいることから「同じ種族や一族が存在するのではないか」という考察もありますが、これについて公式な説明はありません。
さらに一部では、喪黒が通う「BAR魔の巣」のマスターこそ上位の存在で、喪黒を監視しているのではないかという都市伝説まで語られています。
こうして見ると、喪黒福造について公式に分かっているのは、「普通の人間ではない謎の存在」というところまでです。
悪魔、死神、邪悪な福の神、人間の欲望を映す鏡など、さまざまな解釈ができるように正体を決めきらなかったからこそ、喪黒福造は今でも不気味で魅力的なキャラクターなのかもしれません。
笑ゥせぇるすまんの裏設定まとめ
『笑ゥせぇるすまん』は、喪黒福造が人を困らせるだけのブラックユーモア作品ではありません。
大橋巨泉氏をモデルにした顔、麻雀仲間から生まれた「ドーン!」、藤子不二雄Ⓐ氏自身の気弱だった少年時代など、現実の人物や体験が数多く作品へ取り込まれています。
さらに、兄とは正反対の弟・喪黒福次郎が存在するなど、本編だけでは見えてこない設定も残されていました。
一方で、「喪黒は悪魔そのもの」「タイトル変更は自主規制が理由」といった有名な話には、公式に断定されていない部分もあります。
確定している事実と都市伝説を分けて見ていくと、『笑ゥせぇるすまん』という作品が、より不気味で奥深く感じられるのではないでしょうか。

謎のセールスマン・喪黒福造が、人々の心のすき間に入り込んでいく藤子不二雄A氏の名作『笑ゥせぇるすまん』。
欲望や弱さを鋭く描いた物語は、怖さがありながらも思わず読み進めてしまう独特の魅力があります。
「ドーン!!」で知られる名場面の数々をまとめて楽しめます。





















