1983年に公開された映画『幻魔大戦』は、平井和正氏と石ノ森章太郎氏の作品をもとに、りんたろう監督が作り上げたSFアニメ映画です。
超能力者たちと幻魔との戦いが描かれていますが、本編を見るだけでは分からない裏側にも、かなり興味深い話が残されています。
まだ世界的な漫画家になる前の大友克洋氏が参加していたことや、後の映画『AKIRA』につながる人脈が生まれていたことも、そのひとつです。
さらに、ルナ姫のデザインをめぐる意外なやり取りや、カフーのモデル、東三千子に隠された石ノ森章太郎氏との関係なども明らかになっています。
今回は、映画『幻魔大戦』を見た人ほど楽しめる裏設定や制作秘話、有名な説について紹介します。

壮大なSF世界と迫力ある映像が楽しめる、劇場アニメ『幻魔大戦』。
キャラクターデザインを手がけた大友克洋氏の個性的なビジュアルは、のちの『AKIRA』にも通じる魅力があります。
さらに、キース・エマーソンによる印象的な音楽も必聴。
80年代アニメの名作をじっくり味わいたい方や、『AKIRA』ファンにもおすすめしたいDVDです。
石ノ森章太郎氏の漫画版をあえて使わなかった

『幻魔大戦』には、映画よりずっと前の1967年に発表された漫画版があります。
平井和正氏と石ノ森章太郎氏が作り上げた作品なので、その漫画をそのままアニメ化する方法もありました。
しかし、りんたろう監督は違う道を選びます。
アニメ化しやすい石ノ森氏の漫画を使うのではなく、平井和正氏の小説を中心に映画を作ることを早い段階で決めたそうです。
りんたろう監督は、すでに絵になっている漫画を再現するのではなく、小説から新しい映像を作り出したかったと語っています。
そのため、映画版の東丈やルナたちは、漫画版とはかなり違う姿になりました。
大友克洋氏をキャラクターデザインに起用したことも、この方針から生まれています。
角川春樹氏は「ディズニーを超えたい」と宣言した
映画化の始まり自体が、かなり豪快なものでした。
りんたろう監督によると、角川春樹氏に呼び出されて銀座の店へ行くと、いきなり「角川アニメをやりたい」「ウォルト・ディズニーを超えたい」という話をされたそうです。
さらに制作費として2億5000万円を預け、「好きに使え」と言われたと振り返っています。
1980年代初めとしては大きな金額でした。
しかも当時は、映画会社ではなく出版社が中心となって大作アニメ映画を作ること自体が珍しい時代です。
『幻魔大戦』が、それまでのテレビアニメとは明らかに違う映像を目指せた背景には、角川氏の大きな目標と資金がありました。
大友克洋氏は「僕のキャラクター、アニメで動きます?」と心配していた

現在では『AKIRA』で世界的に知られる大友克洋氏ですが、『幻魔大戦』の制作当時は、まだ一部の漫画ファンから高く評価され始めた時期でした。
りんたろう監督は、大友氏の漫画を読んで「これまでにないアニメを作るには、この絵しかない」と考えたそうです。
ところが、依頼された大友氏本人は不安を感じていました。
最初にりんたろう監督へ尋ねたのが、「僕のキャラクター、アニメで動きます?」という言葉だったといいます。
大友氏の人物は、それまでのアニメキャラクターより現実的な体格や顔立ちをしていました。
そのため、大友氏自身もアニメーションとして動かせるのか疑問を持っていたのでしょう。
りんたろう監督は数時間かけて説得し、大友氏の参加が決まりました。
『幻魔大戦』が大友克洋氏をアニメ監督へ向かわせた
『幻魔大戦』について、「『AKIRA』の原型になった作品」と語られることがあります。
時系列で言えば、漫画『AKIRA』の連載は映画『幻魔大戦』の公開前から始まっているため、『幻魔大戦』を作ったことで『AKIRA』という物語が生まれたわけではありません。
重要なのは、大友克洋氏がアニメーション制作そのものに興味を持つきっかけになった点です。
大友氏は後年、『幻魔大戦』でマッドハウスのスタジオを見て、「こうやってアニメを作るんだ」と分かったと振り返っています。
その経験から、自分でも機会があればアニメを作ってみたいと思うようになったそうです。
さらに、りんたろう監督からもアニメを作ることを勧められました。
その後、大友氏は『迷宮物語』の「工事中止命令」で監督を務め、やがて1988年の劇場版『AKIRA』を自ら監督します。
つまり『幻魔大戦』は、「漫画『AKIRA』の原点」ではなく、「アニメ監督・大友克洋氏の出発点のひとつ」と考える方が正確です。
『AKIRA』を支えたスタッフとも『幻魔大戦』でつながっていた
大友克洋氏と『AKIRA』をつなぐものは、監督としての経験だけではありません。
『幻魔大戦』には、なかむらたかし氏や森本晃司氏など、その後の日本アニメを支えるアニメーターたちが参加していました。
そして劇場版『AKIRA』では、なかむらたかし氏が作画監督、森本晃司氏が作画監督補を担当しています。
大友氏が『幻魔大戦』の制作現場で出会った人々が、後に『AKIRA』でも重要な役割を担当したことになります。
もちろん、『幻魔大戦』だけですべての人脈が作られたわけではありません。
それでも、大友氏が漫画の世界からアニメの世界へ入っていく重要な場所だったことは間違いありません。
ルナ姫は「かわいくない」と描き直しを求められていた

映画を見た人なら、ルナ姫が当時のアニメヒロインとはかなり違う顔立ちであることに気づくでしょう。
実は、このデザインは制作中にも問題になっていました。
プロデューサーの丸山正雄氏が、大友克洋氏の描いたルナ姫を見て「かわいくない」という意味の指摘をしたそうです。
大友氏は修正しましたが、りんたろう監督によると、描き直してもほとんど変わらなかったといいます。
最終的には、りんたろう監督がそのデザインを認め、そのまま採用されました。
当時のアニメでは、美少女キャラクターを分かりやすくかわいく描くことが一般的でした。
しかし『幻魔大戦』では、あえて大友氏らしい現実的な顔立ちが残されました。
結果として、それが作品独特の空気を作ることになります。
カフーのモデルは文豪・永井荷風だった
丈たちの仲間となる老人カフーには、意外なモデルが存在します。
その人物は、『濹東綺譚』などで知られる文豪・永井荷風です。
りんたろう監督によると、大友克洋氏とキャラクターについて話し合う中で、冗談のようなやり取りから永井荷風をモデルにしたカフーが生まれたそうです。
名前の「カフー」も、「荷風」を連想させます。
映画だけを見ていると分かりませんが、実在した日本の文豪がキャラクターの元になっていたわけです。
東三千子と石ノ森章太郎の姉には意外な関係があった
主人公・東丈にとって、姉の三千子は非常に大きな存在です。
実は、この姉弟関係には石ノ森章太郎氏と実姉・由恵氏の関係が影響しているとされています。
石森プロの早瀬マサト氏は、もともと東丈と三千子の関係を「石ノ森氏が考えた設定だと思っていた」と振り返っています。
ところが実際には、この設定を考えたのは原作者の平井和正氏だったそうです。
早瀬氏によると、平井氏が石ノ森氏について知っており、その実体験を作品へ盛り込んだとのことです。
石ノ森氏が漫画家を目指したころ、家族が反対する中で味方になってくれたのが姉の由恵氏でした。
東丈にとって三千子が心の支えとなっている関係には、そんな石ノ森氏と姉の姿が重ねられていたわけなのです。
幻魔に姿がないから「火焔竜」が生まれた

クライマックスに登場する巨大な火の竜は、『幻魔大戦』を代表する映像のひとつです。
しかし、この火焔竜は最初から設定されていたわけではありません。
そもそも幻魔は、単純な怪物ではなく、宇宙を覆う巨大な悪意のような存在です。
そのため、「幻魔そのものをどんな姿で見せればよいのか」という問題がありました。
顔のある怪物にすると具体的すぎます。
逆に完全な抽象表現では、観客に何と戦っているのか伝わりません。
そこで、りんたろう監督とアニメーターの金田伊功氏らが考えたのが、火によって形作られた竜でした。
つまり火焔竜は、「姿を持たない幻魔を映画として見せるため」に生まれた映像表現だったのです。
金田伊功氏が使った「白コマ・黒コマ」という衝撃表現
終盤の超能力戦には、現在見ても強烈な光の表現が登場します。
金田伊功氏とりんたろう監督は、この場面でかなり実験的な方法を使っていました。
アニメの映像の途中へ、真っ白な画面や真っ黒な画面をわずか1コマだけ挟み込んでいたのです。
一瞬しか見えないため、観客が画面として意識することはほとんどありません。
しかし、その1コマが強烈な閃光や衝撃として感じられます。
アニメ評論家の氷川竜介氏は、『幻魔大戦』公開後に、人物の周囲を光やオーラで包む似た表現がほかのアニメでも増えたと指摘しています。
それに対して、りんたろう監督は冗談交じりに「特許を取っておけばよかった」という意味の発言もしています。
『ドラゴンボール』など後の作品へ直接受け継がれたと断定することはできません。
しかし、現在では普通になった超能力の映像表現を、早い時期に大規模な劇場作品で見せた映画だったことは確かです。
新宿の高層ビルは「墓標」として描かれていた
『幻魔大戦』では、吉祥寺や新宿など実在する東京の街が細かく描かれています。
現在のアニメでは珍しくありませんが、当時は架空の街や、簡単に記号化された背景を使う作品が多くありました。
りんたろう監督と大友克洋氏は、実際に吉祥寺や新宿へ足を運び、街を調べています。
西新宿の夜景を描くため、ホテルの部屋まで借りたとりんたろう監督は振り返っています。
特に新宿の高層ビルには、単なるリアルな背景以上の意味がありました。
りんたろう監督には、夜の高層ビル群が「墓標」のように見えていたそうです。
そのため、映画冒頭の東京には、日常の街でありながら、これから世界が大きな危機へ向かっていく不気味さがあります。
さらに大友氏とは、登場人物の靴、セーター、ベルトなど細かな服装まで話し合っていました。
人物と背景の両方を現実に近づけることで、超能力や幻魔という非現実的な存在を逆に本物らしく見せようとしていたのです。
特殊効果には「カメラのレンズにリップクリーム」まで使った
現在のアニメなら、光やぼかしはデジタル処理で簡単に加えられます。
しかし、『幻魔大戦』が作られた1980年代初めには、当然そのような環境はありません。
そこで制作現場では、かなり変わった方法まで使われていました。
りんたろう監督によると、画面へ独特のにじみを出すため、撮影するカメラのレンズにリップクリームを塗ることもあったそうです。
透過光などの撮影技術と合わせ、物理的な方法で超能力や光の世界を作り出していました。
CGではないからこそ、『幻魔大戦』の光には独特の揺らぎや重さがあります。
本編の派手な映像の裏では、かなり手作りに近い試行錯誤が行われていたのです。
東丈役の古谷徹氏は『幻魔大戦』のために事務所まで移った
主人公・東丈を演じた古谷徹氏にとっても、『幻魔大戦』は特別な作品でした。
古谷氏はすでに『巨人の星』や『機動戦士ガンダム』などで有名になっていましたが、当時は声優以外の俳優活動も続けていました。
ところが『幻魔大戦』への出演をきっかけに、アニメの仕事を中心に生きていくことを決めます。
古谷氏自身が、「『幻魔大戦』がやりたくて青二プロダクションに移籍した」という意味の発言をしています。
さらに、「その後の古谷徹があるのは、この作品のおかげ」とまで振り返っています。
東丈は、映画の中で自分自身の力や生き方を見つけていく人物です。
その役を演じた古谷氏自身にとっても、人生の方向を決める作品になっていたのは興味深いところです。
キース・エマーソンは日本に機材を持ち込み、ほぼ24時間作曲していた
『幻魔大戦』の音楽監督を務めたのは、世界的なプログレッシブ・ロックバンド「エマーソン・レイク&パーマー」のキース・エマーソン氏です。
しかし、最初からエマーソン氏に依頼する予定だったわけではありません。
りんたろう監督は当初、『銀河鉄道999』でも組んだ青木望氏を中心に音楽を作る予定でした。
ところが角川春樹氏らと話している中で、突然「キース・エマーソンはどうだ?」という案が出たといいます。
エマーソン氏はイギリスからシンセサイザーなどの機材を日本へ持ち込み、六本木の日活スタジオセンターに滞在して作曲しました。
りんたろう監督もほぼ付きっきりとなり、エマーソン氏はラッシュ映像を見ながら朝からシンセサイザーを弾き続けたそうです。
完成した後でも気になる部分があるとすぐに作り直し、必要な音が足りなければ新たな音源を探して重ねるなど、監督は「ほとんど24時間働きっぱなしだった」と振り返っています。
ただし、スケジュールの都合で映画の全曲を担当することはできませんでした。
そのため、『幻魔大戦』の音楽はエマーソン氏だけでなく、青木望氏の楽曲や鼓童の和太鼓も組み合わされた独特の構成になっています。
そしてこの組み合わせこそが、『幻魔大戦』の宇宙的で不気味な音楽世界を作っていたのです。
幻魔大戦の裏設定まとめ
『幻魔大戦』を現在見ると、物語以上に映像表現の激しさが印象に残る人も多いでしょう。
その理由は、作品そのものが大きな実験の場になっていたからです。
大友克洋氏の現実的なキャラクターを動かし、実在する東京を細かく描き、金田伊功氏が超能力の新しい見せ方を試しました。
さらに、大友氏はこの現場を経験したことでアニメ制作へ興味を深め、後に自らアニメを監督するようになります。
『AKIRA』では、『幻魔大戦』にも参加したなかむらたかし氏や森本晃司氏が重要な役割を担当しました。
『幻魔大戦』を「『AKIRA』の原型」と呼ぶのは正確ではありませんが、日本アニメがそれまでの表現から大きく変わっていく途中にあり、劇場版『AKIRA』へ続く流れの重要な一作品だったと見ることはできます。
1983年当時にこの映像を見た観客が強い衝撃を受けたのも当然だったのかもしれません。

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さらに、キース・エマーソンによる印象的な音楽も必聴。
80年代アニメの名作をじっくり味わいたい方や、『AKIRA』ファンにもおすすめしたいDVDです。





















