1975年から放送された『タイムボカン』は、タイムマシンでさまざまな時代を旅するSFギャグアニメです。
後に『ヤッターマン』『ゼンダマン』などへ続く「タイムボカンシリーズ」の第1作でもあります。
実は制作開始から放送まで約2年かかっていたことや、マージョたち三悪のデザインに意外な苦労があったことなど、本編だけでは分からない話が数多く残されています。
さらに最終回では、マージョ一味と『ヤッターマン』のドロンボー一味が同じ人物だったと思わせる不思議な演出までありました。
今回は、そんな『タイムボカン』の裏設定や制作秘話、有名な考察を紹介します。

TVアニメ「タイムボカン」より、マージョをレジンキット化!
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※組み立て、塗装が必要なレジンキットです。
『タイムボカン』は放送の約2年前から作られていた

『タイムボカン』の放送開始は1975年10月です。
ところが、キャラクターデザインを担当した天野喜孝氏によると、作品に取りかかったのは1973年ごろでした。
天野喜孝氏といえば、後にファイナルファンタジーシリーズのキャラクターデザインを手掛ける人物です。
当時の天野氏はまだ21歳ほど。
しかも『新造人間キャシャーン』や『破裏拳ポリマー』なども担当しており、非常に忙しい時期だったと振り返っています。
つまり『タイムボカン』は、放送が始まる約2年前から少しずつ作られていた作品だったのです。
「タイムマシンものは当たらない」と言われていた
制作に時間がかかった理由には、意外な事情がありました。
天野喜孝氏によると、当時のテレビ業界には「タイムマシンものはヒットしない」というジンクスがあったそうです。
そのため『タイムボカン』は企画ができても、なかなか放送が決まりませんでした。
結果としてデザインには比較的時間をかけられたと、天野氏は語っています。
ところが実際には『タイムボカン』が人気を集め、その後何作も続く長寿シリーズになりました。
「当たらない」と思われていたジャンルから、タツノコプロを代表するシリーズが生まれたのです。
三悪を作るため天野喜孝氏は旅館に缶詰になった
マージョ、グロッキー、ワルサーの三悪は、『タイムボカン』を代表するキャラクターです。
しかし、この3人のデザインはなかなか決まらなかったようです。
天野喜孝氏は「終わるまで帰るな」と言われ、旅館に約1週間缶詰になったことを明かしています。
しかも同じ旅館には、当時のタツノコプロ社長だった吉田竜夫氏までいました。
天野氏は緊張してしまい、「どうやったら逃げられるか」と考えていたそうです。
後にシリーズ最大のお約束となる三悪は、かなり苦労して生み出されたキャラクターだったのです。
キャラクターデザインには細かな指示がほとんどなかった
現在のアニメでは、細かな設定画やデザインの指示が用意されることも珍しくありません。
ところが『タイムボカン』では、かなり自由な作り方が行われていました。
天野喜孝氏によると、総監督の笹川ひろし氏や企画担当から、キャラクターについて細かな指示を受けた記憶はないそうです。
企画書に書かれた物語や設定を読み、それぞれの担当者が自分で考えて作業していました。
そして約1週間ごとに完成したものを持ち寄り、全体を調整していったといいます。
この自由な制作環境が、『タイムボカン』独特のデザインにつながったようです。
派手なデザインにはアメリカ文化の影響があった
『タイムボカン』のキャラクターは、それまでの日本アニメとは少し違う派手な雰囲気があります。
天野喜孝氏は子どものころから、ディズニーやハンナ・バーベラ、『スーパーマン』などのアメリカ作品が好きだったと語っています。
そうした海外作品の影響が、キャラクターデザインにも表れていました。
さらに当時は海外のポップアートなど、新しい文化が日本へ次々と入ってきた時代です。
丹平や淳子、マージョたちの大胆な形や色使いにも、その時代の空気が反映されています。
グロッキーの鼻とワルサーの口はわざと崩していた
グロッキーといえば大きな鼻、ワルサーといえば四角く大きな口が特徴です。
これは単なる描き方のクセではありません。
天野喜孝氏は『タイムボカン』がギャグ作品だったため、リアルな絵をあえて大きく崩して描いたと説明しています。
『新造人間キャシャーン』のようなシリアス作品では難しかった表現も、『タイムボカン』なら自由に試すことができました。
三悪の少し変わった顔は、ギャグアニメだからこそ生まれたデザインだったのです。
原作漫画をアニメ化した作品ではなかった
昔の人気アニメというと、漫画を原作にした作品を想像する人も多いかもしれません。
しかし『タイムボカン』は、原作漫画をアニメ化した作品ではありません。
公式資料では原作を「タツノコプロ企画室」としています。
天野喜孝氏も、タツノコプロ作品は原作漫画の絵に合わせる必要がなかったため、自由にデザインできたと振り返っています。
最初からアニメとして考えられたオリジナル作品だったことが、『タイムボカン』の自由な世界観につながっていました。
初代メカの中心人物は大河原邦男氏ではなかった
「タイムボカンシリーズのメカ」と聞くと、大河原邦男氏を思い浮かべる人も多いでしょう。
大河原氏は後に『機動戦士ガンダム』などを手がける、日本を代表するメカデザイナーです。
しかし初代『タイムボカン』で、メカブトンをはじめとする主なメカをデザインしたのは美術監督の中村光毅氏でした。
WOWOWの作品資料でも、中村氏が「美術監督・メカニックデザイン」として記録されています。
初代から大河原氏がすべてのメカを作っていたわけではないのです。
大河原邦男氏の最初の担当は「ヤゴマリン」だった
大河原邦男氏も、初代『タイムボカン』には参加しています。
ただし最初からメカブトンのような主役メカを任されたわけではありません。
大河原氏がシリーズで最初に担当したのは、メカブトンの中に収納される小型水中メカ「ヤゴマリン」でした。
つまり大河原氏は、中村光毅氏が作ったメカブトンの内部メカからシリーズへ参加したことになります。
その後、『ヤッターマン』では大河原氏が本格的にメカデザインを担当するようになりました。
大河原邦男氏も「メカブトンには敵わない」と語っている
大河原邦男氏は、その後数え切れないほどの有名メカをデザインしました。
そんな大河原氏でも、中村光毅氏が作ったメカブトンについて非常に高く評価しています。
大河原氏は、メカブトンのようなデザインには「敵わない」という趣旨の発言をしています。
昆虫らしさを残しながらメカとして成立しており、それでいて子どもが見ても分かりやすいデザインだからです。
『タイムボカン』のメカは、後に日本を代表するメカデザイナーとなった大河原氏にも大きな印象を残していました。
ペラ助が本当の場所を教えなかったのは妻が怖かったから
物語の序盤では、木江田博士がどの時代にいるのかを知っているのはペラ助だけでした。
ところがペラ助は、丹平たちに正確な場所を教えようとしません。
そのため丹平たちは、ペラ助のあいまいな情報を頼りに何度も違う時代へ向かうことになります。
ペラ助が帰りたがらなかった大きな理由は、妻のオタケさんでした。
ペラ助はかなりの恐妻家で、妻が怖いため元の場所へ戻りたくなかったのです。
博士を探す長い旅の原因には、ペラ助の家庭事情まで関係していました。
木江田博士探しは第27話で終わっていた
『タイムボカン』の最初の目的は、行方が分からなくなった木江田博士を見つけることでした。
そのため全61話を通して博士を探していたと思われがちです。
しかし木江田博士は、第27話「木江田博士を発見だペッチャ」で現代へ帰ってきます。
未来から来た昆虫人のタイムマシンを使って戻ってきたのです。
つまり、博士探しは全61話の半分より前で終わっています。
第28話以降は、ダイナモンドやペラ助の故郷探しが物語の大きな目的になりました。
世界中を探したダイナモンドは実はすぐ近くにあった
丹平たちとマージョ一味は、ダイナモンドを求めて数え切れないほどの時代を旅しました。
ところが最終回では、とんでもない事実が判明します。
大量のダイナモンドがあった場所は、遠い過去でも未来でもありませんでした。
そこは現代の遊園地です。
しかも丹平たちの研究所と、マージョ一味の屋敷のちょうど中間あたりにある場所でした。
時間を超えて世界中を探していた宝が、最初から自宅のすぐ近くにあったという、いかにも『タイムボカン』らしいオチです。
ダイナモンドは手に入れても宝にならなかった
最終回では、ようやく大量のダイナモンドが発見されます。
ところが、ここでも『タイムボカン』らしい落とし穴が待っていました。
ダイナモンドは宇宙から飛来した特殊な物質で、地球の空気に長く触れると性質が変わってしまいます。
そのため、せっかく見つけた大量のダイナモンドも価値を保つことができませんでした。
長い間追い求めてきた宝が、最後には役に立たなくなるという非常に皮肉な結末です。
大金持ちになることを夢見ていたマージョ一味にとっても、これ以上ないほど『タイムボカン』らしい最後でした。
マージョ一味はドロンボーと同一人物だった?
初代『タイムボカン』の最終回には、後の設定を知っていると不思議に見える演出があります。
次作『ヤッターマン』を紹介する場面で、マージョ、グロッキー、ワルサーが名前を変えて次の作品にも登場するように受け取れる内容になっていたのです。
実際、『ヤッターマン』では、
マージョと同じ小原乃梨子氏がドロンジョ。
グロッキーと同じ八奈見乗児氏がボヤッキー。
ワルサーと同じたてかべ和也氏がトンズラーを担当しました。
キャラクターの立場も「女ボス・頭脳担当・怪力担当」とほぼ同じです。
そのため、当初は「同じ三悪が名前だけ変えて次の作品へ出演する」という考え方だったのではないかと見られています。
しかし後年のシリーズでは歴代の三悪が別々のチームとして登場しており、マージョ一味とドロンボー一味は別の人物として扱われています。
公式作品『タイムボカン王道復古』でも、歴代シリーズの悪玉たちが別々のチームとして競争しています。
初期には「同じ役者が別作品で別の役を演じる」ような感覚が強く、後になってそれぞれ独立したキャラクターとして整理されたと考えると分かりやすいでしょう。
「ポチッとな」の原型は初代『タイムボカン』にあった
ボヤッキーの有名なセリフといえば「ポチッとな」です。
実は完成形の「ポチッとな」が登場したのは、次作『ヤッターマン』でした。
脚本家の小山高生氏によると、初代『タイムボカン』でグロッキーを演じていた八奈見乗児氏は、ボタンを押す場面で「ボチョッと」「ブチュッと」など、さまざまな擬音をアドリブで入れていたそうです。
その流れが『ヤッターマン』でも続き、
第1話では「ポチッ」。
第2話では「ポチッと」。
そして第3話で「ポチッとな」へ変化しました。
つまり、日本中で知られる「ポチッとな」は突然生まれた言葉ではなく、グロッキー時代から続いていた八奈見氏のアドリブが少しずつ完成したものだったのです。
タイムボカンの裏設定まとめ
『タイムボカン』は、単に時間旅行を楽しむ子ども向けアニメではありませんでした。
「タイムマシンものは当たらない」と言われながら企画が始まり、若いスタッフたちが自由にアイデアを出し合ったことで、それまでにないSFギャグ作品が生まれています。
特にマージョ、グロッキー、ワルサーの三悪は大きな人気を集め、その役割や声優陣は『ヤッターマン』以降にも受け継がれました。
さらに、最終回ではマージョ一味がそのまま次作へ移るように見える演出まであり、現在のシリーズ設定とは少し違う初期の考え方も見えてきます。
大河原邦男氏が今も高く評価するメカブトンや、後の「ポチッとな」につながる八奈見乗児氏のアドリブなど、『タイムボカン』で生まれたアイデアは後のアニメにも大きな影響を残しました。
シリーズの「お約束」と思われているものの多くは、すでにこの第1作から始まっていたのです。

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