漫画『ザ・ファブル』は、裏社会の天才的な仕事人・アキラが、普通の生活を送ろうとする物語です。
戦いのリアルさだけではなく、アキラとヨウコの日常や、独特なお笑い要素も人気となりました。
しかし、作品が作られた背景を調べてみると、漫画を読んでいるだけでは分からない意外な設定がたくさんあります。
実はヨウコが主人公になる予定だったことや、南勝久氏自身が山でサバイバル生活を体験していたことなど、驚くような制作秘話も残されています。
今回は公式インタビューで明かされた裏話を中心に、有名な考察についても「公式情報」と「読者の説」を分けて紹介します。

圧倒的な強さを持ちながら、「普通に暮らす」という命令を受けた佐藤明の日常を描く『ザ・ファブル』。
緊張感あふれるアクションと独特のユーモア、クセになる登場人物たちの掛け合いが大きな魅力です。
読み始めると止まらない人気作をまとめて楽しめる、全22巻セットです。
ヨウコはもともと主人公になる予定だった

『ザ・ファブル』の主人公といえば佐藤アキラですが、最初からアキラが主人公だったわけではありません。
南勝久氏は連載前、「無敵の天才女性が1年間仕事を休む物語」を考えていたそうです。
ところが長期連載を考えた場合、南氏にとっては男性主人公のほうが描きやすいと判断されました。
そこで主人公を男性へ変更し、もともと主人公として考えていた女性を相棒にすることになります。
こうして誕生したキャラクターが佐藤ヨウコでした。
つまり、現在の作品とはまったく異なる「強カワ女子」の物語だったことになります。
現在のヨウコがアキラに負けないほど強烈な個性を持っているのは、もともと物語の中心人物として作られていたキャラクターだったからなのかもしれません。
アキラ誕生のきっかけは前作の「ゼンちゃん」だった
アキラという「とにかく強い主人公」が生まれた背景には、南勝久氏の前作『ナニワトモアレ』『なにわ友あれ』が関係しています。
同作に登場するゼンちゃんは、主人公を上回るほど高い人気を集めたキャラクターでした。
南氏自身もゼンちゃんを描くことが楽しかったため、「次の作品では、とことん強い人物を主人公にしよう」と考えます。
そこから軍人や傭兵など、さまざまな職業が候補になりました。
最終的には、現実にはほとんど会う機会がなく、映画や小説では広く知られている「裏社会の仕事人」という設定に行き着きます。
南氏はアキラの存在について、幽霊やUFOに近い「現実と空想の間にいる存在」として自由に描ける点も大きかったと説明しています。
リアルに見える『ザ・ファブル』ですが、主人公だけは最初から少しファンタジー寄りに設計されていたのです。
「1年間休業」は定番ストーリーを逆転させて生まれた
アキラに課された「1年間、誰の命も奪ってはいけない」という決まりも、偶然生まれた設定ではありません。
南勝久氏は、新作を考える中で、凄腕の仕事人が引退する物語は映画や小説に数多く存在すると気づきました。
そこで「引退する」のではなく、「期間限定で休む」という方向へ発想を変えます。
さらに、それまで得意としてきたことを禁止された人物が一般社会で暮らしたらどうなるのか、と考えました。
こうして「無敵の天才が1年間だけ普通の人として暮らす」という『ザ・ファブル』の基本設定が完成します。
南氏によれば、この発想にたどり着いたところから次々とアイデアが浮かび、作品が一気に形になったそうです。
アキラの戦い方には南勝久氏の拳法経験が入っている
アキラの戦い方は、派手な大技を叫ぶようなタイプではありません。
最小限の動きで相手を止める、非常に合理的な動きが特徴です。
このリアルさには、南勝久氏自身の経験が関係しています。
南氏は過去に約10年間、拳法を習っていました。
その経験をもとに、スポーツで使われる普通の動きを実戦向けに変えたらどうなるのか、と考えながらアキラの動きを作っています。
つまり、アキラの異常な強さは完全な想像だけで描かれているわけではありません。
南氏自身が長年経験した身体の動かし方を土台にしているため、ほかのバトル漫画とは少し違う説得力が生まれているのです。
山ごもり編のため作者自身も山で暮らしていた
『ザ・ファブル』でも特に驚く制作秘話が、南勝久氏自身による山ごもりです。
アキラは幼いころから過酷な環境で生きる訓練を受けており、山の中でもほとんど道具を使わず生活できます。
南氏はこの描写を本物らしく描こうとしましたが、本や映像を見るだけでは実感がわかなかったそうです。
そこでスタッフと実際に山へ入り、自分たちでサバイバル生活を体験しました。
持って行ったのは、ナイフ、水筒、塩など最低限の物だけです。
二泊三日の生活では、ヘビだけではなく、カエルや虫なども実際に食べています。
マムシとアオダイショウの味の違いまで確認したという徹底ぶりでした。
アキラの山での行動が妙に具体的なのは、作者自身が同じ状況を経験しているからなのです。
アキラたちの部屋には本当に実在するモデルがある

『ザ・ファブル』の背景が妙に生活感にあふれているのにも理由があります。
南勝久氏は資料写真を撮るだけではなく、登場人物が暮らす部屋のモデルとなる場所を実際に探していました。
必要であれば物件を借り、作品のイメージに合うように改装までしています。
さらに山岡が使っていたアジトについては、南氏が地元の仲間と実際に空き倉庫を借り、大規模に改装しました。
カウンターやソファ、ビリヤード台などの配置も漫画へ反映されています。
漫画を描くために「アジトそのものを現実に作ってしまった」という、かなり珍しい制作方法です。
太平市は実在の街ではなくわざと作られた架空都市
アキラたちが暮らしている大阪府太平市は、実在する市ではありません。
岸和田市周辺をはじめ、大阪の実在する場所が数多くモデルになっているため、「太平市=岸和田市」と紹介されることもあります。
しかし南勝久氏は、太平市そのものについては意図的に作った架空の街だと説明しています。
理由は前作での苦労にありました。
『ナニワトモアレ』『なにわ友あれ』では、実際の道路や街並みをかなり忠実に再現していました。
ところが連載が長くなるにつれて、現実の街並みや車、電化製品などが変わってしまいます。
昔の時代を描き続けることが次第に大変になったため、『ザ・ファブル』では最初から架空の太平市を作りました。
そのため太平市は一つの実在都市を再現した街ではなく、「大阪の実在する場所を自由に組み合わせられる架空都市」と考えるほうが正確です。
Bar Buffaloのマスターには実在するモデルがいる
ヨウコが頻繁に通っている「Bar Buffalo」にも実在モデルがあります。
公式企画によると、モデルとなった店は大阪府岸和田市にある「BALIHAN BAR」です。
店内のカウンターなども作品の雰囲気そのままで、南勝久氏の原画も飾られていました。
さらに驚くのが、店のマスターです。
実際のオーナーが作中のマスターのモデルになっています。
南氏とは長い付き合いがあり、南氏自身もよく店を訪れていたとのこと。
ほかにも『ザ・ファブル』には実在する人物や場所を参考にした場面が数多くあり、架空の太平市の中へ本物の大阪を混ぜ込むことで独特のリアリティを生み出しています。
魚を頭から丸ごと食べるのは幼少期の訓練の名残なのか
アキラには、焼き魚を頭や骨までほとんど残さず食べる独特な食べ方があります。
普通の家庭で育った人物として考えると、かなり変わった行動です。
そこで読者の間では、「幼少期のサバイバル訓練が残っているのではないか」と考えられています。
アキラは幼いころから、限られた環境の中で自分の力だけで生きる訓練を受けてきました。
南勝久氏も、アキラの人格形成の原点に幼少期のサバイバル経験があると説明しています。
食べられる物をできるだけ無駄にしない習慣が身についていたと考えれば、魚を丸ごと食べる行動とも自然につながります。
ただし「魚を丸ごと食べるのは訓練の名残」と南氏が直接説明した公式資料は確認できません。
そのため、これは本編の描写と公式に明かされた幼少期をつなげた有力な考察として見るのがよいでしょう。
「ファブル」は正体不明だからこそ「寓話」と呼ばれる
作品タイトルでもある「ファブル」は、英語で「寓話(ぐうわ)」や「作り話」を意味する言葉です。
講談社の公式紹介でも、アキラは「通称ファブル」や「寓話と呼ばれる存在」と紹介されています。
つまり「ファブル」は、佐藤明の本名のような個人名ではありません。
正体をほとんど知られておらず、裏社会で存在そのものが噂のように語られている人物を表す呼び名になっています。
物語が進むにつれて、その背後にはボスを中心とした組織が存在することも分かっていきます。
しかしボスの素性や組織が作られた経緯など、今も詳しく説明されていない部分が多く残されています。
そのため読者の間では、一般的な裏社会の集団よりもさらに大きな目的を持つ組織なのではないかという考察もあります。
一方で、「国家規模の秘密組織だった」などの説について公式な発表はありません。
ここは確定した裏設定ではなく、作品最大級の謎として楽しむ部分でしょう。
アキラの天才的な能力は「サヴァン症候群」の一種

アキラの異常なまでの能力は、厳しい訓練だけで身につけたものではありません。
原作ではボスが、アキラについて「ある分野の才能に特化したサヴァン症候群の一種」と考えていることが明かされています。
つまりアキラにはもともと並外れた素質があり、ボスはその才能を幼いころから徹底的に伸ばしていったことになります。
アキラは周囲の状況を一瞬で把握し、相手の動きや物の位置を読み取って、最も効率のよい行動を選べます。
地図を短時間見ただけで位置関係を覚えたり、一度見た身体の動きをすぐに再現したりする場面もあり、単純に運動神経がよいだけでは説明できない能力を持っています。
「どんな相手でも6秒以内」という圧倒的な仕事の速さも、こうした情報処理能力と、幼いころから受けてきた訓練が合わさった結果と考えられます。
一方、一般社会ではかなり変わった人物です。
極端な猫舌だったり、魚を頭や骨まで食べたり、ジャッカル富岡のネタに一人だけ大笑いしたりと、普通の人とは感覚が大きくずれています。
こうした日常面の独特さまでサヴァン症候群によるものなのかについては、原作でははっきり説明されていません。
ただし「ある能力だけが異常なほど発達しているアキラ」と「一般社会ではどこか不器用なアキラ」の対比は、南勝久氏が意図的に描いている大きな特徴でしょう。
さらに興味深いのが、ボスがアキラを単なる部下ではなく、自ら育て上げた「最高傑作」のように見ていることです。
持って生まれた特別な才能に、幼少期からサバイバルや戦闘などの経験を与え続けることで、その能力を裏社会の仕事へ特化させていきました。
さらに重要なのが、ボスがアキラに1年間の休業を命じた本当の目的です。
表向きには、仕事をしすぎて目立ったため、しばらく身を隠すという理由がありました。
しかしボスは、それだけではなく、幼いころから裏社会の仕事だけを教え込んできたアキラを「普通の人に戻したい」と考えていました。
そのため、ただ仕事を休ませるのではなく、アルバイトをしたり、友人を作ったり、一般社会の人と関わったりしながら「普通に生きること」を経験させています。
つまり1年間の休業は、アキラの能力を休ませるためだけの期間ではありません。
ボスが自ら最高レベルの仕事人へ育ててしまったアキラを、今度は一人の普通の人間として社会へ戻そうとするための時間でもあったのです。
ザ・ファブルの裏設定まとめ
『ザ・ファブル』は、完全な空想だけで作られた作品ではありません。
南勝久氏自身の拳法経験、山でのサバイバル体験、実際に借りて改装した建物、実在するバーや人物など、本物の体験や風景が大量に使われています。
その一方で、主人公のアキラはあえて現実にはほとんど存在しない「寓話」のような人物として作られました。
現実的な世界の中へ、たった一人だけ異常に強い人物を置く。
このバランスこそが、『ザ・ファブル』がほかの裏社会漫画とは違って見える大きな理由なのでしょう。
そして意外なのが、現在の物語に欠かせないヨウコが、もともとは主人公として考えられていたことです。
この初期設定を知ってから読み返すと、ヨウコが単なる相棒ではなく、アキラと並ぶほど強い存在感を持っている理由も少し違って見えてきます。

圧倒的な強さを持ちながら、「普通に暮らす」という命令を受けた佐藤明の日常を描く『ザ・ファブル』。
緊張感あふれるアクションと独特のユーモア、クセになる登場人物たちの掛け合いが大きな魅力です。
読み始めると止まらない人気作をまとめて楽しめる、全22巻セットです。





















