『地獄先生ぬ~べ~』は、真倉翔氏が原作、岡野剛氏が漫画を担当し、1993年から『週刊少年ジャンプ』で連載された人気漫画です。
学校の怪談や妖怪、都市伝説を題材にしながら、霊能力教師・鵺野鳴介が生徒たちを守る物語として人気を集めました。
しかし、現在知られている『ぬ~べ~』が完成するまでには、まったく違う初期企画やボツ設定も存在しています。
さらに、鬼の手が生まれた意外な作品、美奈子先生が担っていた役割、ゆきめに起きた出来事など、本編を知っている人ほど気になる設定も少なくありません。
今回は、真倉翔氏と岡野剛氏が明かした制作秘話を中心に、『地獄先生ぬ~べ~』の知られざる裏設定を紹介します。
『ぬ~べ~』の原型は教師ではなく少年課の刑事だった

『地獄先生ぬ~べ~』は、最初から霊能力を持つ教師の物語として考えられたわけではありません。
岡野剛氏には「子どもを守る大人を描きたい」という考えがあり、真倉翔氏が最初に作った企画は『少年課刑事かるがも』という作品でした。
主人公は教師ではなく、少年課に所属する刑事です。
さまざまな問題を抱えた子どもたちを、大人である主人公が守っていく内容が考えられていました。
ところが企画を進めていくと、物語はかなり重い方向へ向かっていきます。
真倉翔氏によれば、子どもたちが一人ずつ少年院へ送られ、登場人物が次第に減っていくような展開まで考えられていたそうです。
そこで別に考えられていた「霊能力者」の企画と組み合わせ、子どもを苦しめる存在を社会問題から妖怪や霊へ変更しました。
さらに、子どもたちのそばに常にいられる大人として教師が選ばれ、現在の『地獄先生ぬ~べ~』へつながっていったのです。
ぬ~べ~は授業をサボってパチンコへ行く教師になる予定だった
現在のぬ~べ~は、普段こそ頼りないところがありますが、生徒が危険にさらされれば誰よりも真剣になる教師です。
しかし初期案では、さらに極端な「ダメ教師」として描く予定がありました。
真倉翔氏が作ったネームには、授業をサボってパチンコへ行ってしまうぬ~べ~が登場しています。
普段はどうしようもない人物なのに、いざというときだけ格好よく生徒を助けるという、大きなギャップを狙った設定でした。
ところが岡野剛氏は、この主人公像に反対します。
「こんな先生は描きたくない」という岡野剛氏の考えから、生徒思いで優しい現在のぬ~べ~へ変更されました。
もしこの変更がなければ、『ぬ~べ~』はかなり違った雰囲気の漫画になっていたでしょう。
本来のタイトルは『地獄先生ぬ~ぼ~』だった
連載前に発表された読切版のタイトルは、『地獄先生ぬ~べ~』ではありません。
当初は『地獄先生ぬ~ぼ~』という作品名でした。
真倉翔氏は「ぬ~ぼ~」という響きを気に入っており、「アール・ヌーヴォー」のような語感も意識していたと語っています。
ところが当時、森永製菓から「ぬ~ぼ~」という同じ名前の商品が販売されていました。
長期連載となった場合の問題を避けるため、作品名を変更することになります。
「ぬ~ど~」など別の名前も候補に挙がった末、真倉翔氏が考えた「ぬ~べ~」に決まりました。
今では作品そのものを表す名前となっていますが、実は連載開始直前に誕生した名称だったのです。
鬼の手の発想は『寄生獣』と『コブラ』から生まれた
『ぬ~べ~』を象徴する存在といえば、左手に宿った「鬼の手」です。
この設定には、真倉翔氏が好きだった漫画の影響があります。
本人が名前を挙げているのが、『寄生獣』と寺沢武一氏の『コブラ』です。
『寄生獣』では主人公の右手に異質な存在が宿り、『コブラ』では主人公の左腕にサイコガンが隠されています。
真倉翔氏は、体の一部そのものが特殊な力になるアイデアから影響を受け、鬼の手を考えました。
ただし当初は、鬼の手を毎回使う予定ではありませんでした。
ぬ~べ~は経文などを使って霊を鎮め、戦いが長引いた場合に鬼の手で一気に決着をつける構想だったといいます。
ところが非常に使いやすい能力だったため登場する機会が増え、やがて作品最大のシンボルになりました。
鬼の手は最初「毛むくじゃらの獣の手」だった
現在の鬼の手は、紫色の筋肉がむき出しになったような独特のデザインをしています。
しかし真倉翔氏が最初に描いたネームでは、現在とはかなり違う姿でした。
虎などの動物を思わせる、毛むくじゃらの手として描かれていたそうです。
岡野剛氏は、そのまま漫画にすると普通の獣の手に見えてしまい、怖さや格好よさが足りないと考えます。
そこでデザインの参考にしたのが、映画『エイリアン』などで知られるH・R・ギーガー氏の作品でした。
生物の体と機械のような構造が混ざった独特の表現を取り入れ、現在知られている鬼の手が完成します。
「鬼の手」という発想と、見るだけで普通の生き物ではないと分かるデザイン。
真倉翔氏と岡野剛氏、それぞれのアイデアが合わさって誕生したものだったのです。
鬼の手はぬ~べ~と美奈子先生の「二重の封印」だった

鬼の手は、単純にぬ~べ~が覇鬼の力を左手へ封じ込めたものではありません。
実際には、恩師である美奈子先生も重要な役割を担っています。
かつてぬ~べ~と覇鬼が戦った際、美奈子先生の魂は覇鬼の内側に存在していました。
美奈子先生が内側から覇鬼の力を抑え、ぬ~べ~が外側から霊力で封じることで、鬼の手として扱える状態になったのです。
つまり鬼の手とは、
「外側から封じるぬ~べ~」
「内側から抑える美奈子先生」
という二人による封印でした。
普段はぬ~べ~の能力として描かれていますが、その力を使える状態に保っていたのは美奈子先生でもあったわけです。
鬼の手を見るとき、美奈子先生も一緒に戦っていたと考えると、印象が大きく変わります。
美奈子先生は最後に鬼の手から解放されている

美奈子先生は、長い間ずっと覇鬼の内側からその力を抑えていました。
しかし物語の終盤になると、覇鬼との関係そのものが変化します。
覇鬼がぬ~べ~を単なる敵として見るのではなくなり、自分の意思で鬼の手へ力を貸すようになったためです。
これによって、美奈子先生が覇鬼を押さえ続ける必要もなくなりました。
長い役目を終えた美奈子先生のため、ぬ~べ~は陽神の術を使い、一時的に現世で活動できる体を作ります。
美奈子先生はぬ~べ~や生徒たちと時間を過ごし、最後はかつての教え子であるぬ~べ~に見送られて成仏しました。
幼いぬ~べ~を守った教師を、今度は立派な教師になったぬ~べ~が送り出す形になっています。
鬼の手の物語は、覇鬼だけではなく、美奈子先生とぬ~べ~の師弟関係を描いた物語でもあったのです。
ぬ~べ~と郷子には岡野剛氏の前作キャラがいる
ぬ~べ~たちのデザインは、すべて『地獄先生ぬ~べ~』のために一から作られたわけではありません。
岡野剛氏は『ぬ~べ~』以前に、『AT Lady!』という漫画を連載していました。
後年のインタビューでは、この作品に登場するキャラクターのデザインを『ぬ~べ~』へ受け継いだことが明かされています。
ぬ~べ~の外見の原型になったのは、赤い髪をしたAT Lady3号です。
そこへ太い眉などの特徴を加え、鵺野鳴介へ変化させました。
稲葉郷子の原型はオレンジ色の髪をした5号、中島法子には主人公の7号のデザインが使われています。
岡野剛氏が過去作品で作ったキャラクターが、新しい形で『ぬ~べ~』の世界へ受け継がれていたのです。
美奈子先生の原型は昔の特撮ドラマにあった
ぬ~べ~が子どものころに出会い、その後の人生を大きく変えた人物が美奈子先生です。
この美奈子先生にも、岡野剛氏が意識した作品があります。
1971年から放送された特撮テレビドラマ『好き!すき!!魔女先生』です。
不思議な力を持つ女性教師が、子どもたちと関わっていく作品でした。
岡野剛氏にとって、「特殊な力を持つ教師が子どもを守る」というイメージの原点の一つだったといいます。
美奈子先生を作る際にも、この作品の主人公が頭にあったことを明かしています。
ぬ~べ~が憧れた理想の教師には、岡野剛氏自身が子どものころに見ていた「特別な先生」の記憶も込められていたのです。
5年3組の生徒は最初から性格が決まっていたわけではない
広、郷子、美樹、克也、まことなど、5年3組には印象の強い生徒が数多く登場します。
しかし連載開始時点で、全員の細かな性格や役割が決まっていたわけではありません。
読切版などの背景に描かれていた子どもたちの中には、最初は名前すらないモブキャラクターだった人物もいました。
連載が進むにつれて、その回に合いそうな生徒を選び、性格や特徴を少しずつ付けていったそうです。
特に美樹は、登場を重ねるごとに性格が強くなり、現在知られているキャラクターになっていきました。
最初から完成したクラスを作ったのではなく、毎週の物語を作る中で5年3組そのものが育っていったわけです。
ぬ~べ~の自宅がほとんど登場しないのには理由がある
原作を読み返してみると、ぬ~べ~の私生活には意外なほど謎があります。
特にほとんど描かれないのが、ぬ~べ~の自宅です。
真倉翔氏と岡野剛氏によると、初期の担当編集者から「ぬ~べ~の家を出すな」と言われていました。
霊能力教師という主人公に生活感を与えすぎず、謎めいた部分を残すためだったそうです。
そのため宿直室などで過ごす姿は登場するものの、自宅で普通に生活する場面はほとんどありません。
岡野剛氏によれば、原作終盤になってようやく自宅の一部が描かれた程度でした。
貧乏であることは何度もネタにされているのに、肝心の住居だけがほとんど見えないのは意図的だったのです。
ゆきめは一度だけ登場するゲストキャラだった

雪女のゆきめは、『ぬ~べ~』を代表する人気キャラクターの一人です。
しかし最初から長く登場させる予定だったわけではありません。
ゆきめは本来、一つのエピソードだけに登場するゲストキャラクターとして考えられていました。
ところが登場すると読者から大きな人気を集めます。
その反応を受けて再登場が決まり、次第にぬ~べ~との恋愛が物語の重要な要素になっていきました。
後には二人の関係が大きく進み、続編『地獄先生ぬ~べ~NEO』では夫婦として登場しています。
もし最初の登場時に読者から支持されていなければ、ぬ~べ~とゆきめの恋物語そのものが存在しなかった可能性もあるのです。
ゆきめは一度氷のかけらとなり、別の形で復活していた
ゆきめは物語の途中で、大きな出来事を経験しています。
ぬ~べ~への想いを貫いた結果、ゆきめの体は氷のかけらとなり、一度姿を消してしまいます。
しかし後に、ゆきめは再びぬ~べ~の前へ現れました。
ただし復活直後のゆきめは、以前とまったく同じ状態ではありません。
性格も冷たくなり、ぬ~べ~への気持ちにも変化が見られました。
その後の物語を通して、以前のゆきめが持っていた記憶や想いが戻っていきます。
このため、復活した存在を「以前のゆきめとまったく同じなのか」と考える読者も少なくありません。
最終的にはぬ~べ~への想いを取り戻し、二人は結ばれています。
一話限りの予定だった雪女が、ここまで大きな物語を持つキャラクターになったこと自体が、『ぬ~べ~』の連載中に起きた大きな変化の一つでしょう。
劇場版第1作は連載前にボツになった長編だった
1996年に公開された劇場版『地獄先生ぬ~べ~』にも、意外なルーツがあります。
連載が始まる前、真倉翔氏は編集部へ提出するため、複数の物語を作っていました。
その中には一話完結ではなく、最初から10話ほど続く長編案も存在していたそうです。
しかし週刊連載のスタートとしては採用されませんでした。
その後、このボツ案が「天狗塚の悪霊」をめぐる物語へ作り直され、劇場版第1作の原型になります。
さらに真倉翔氏によれば、連載前に作った複数の案の中には、現在も世に出ていないものが残っているそうです。
自宅のどこかに当時のネームがあると思うとも語っています。
現在も読者が見たことのない「幻のぬ~べ~」が残されている可能性があるわけです。
岡野剛氏は連載開始から約3年間会社員も続けていた
『週刊少年ジャンプ』で毎週漫画を描くだけでも、非常に忙しい生活になります。
ところが岡野剛氏は、『地獄先生ぬ~べ~』の連載が始まってから約3年間、会社員としても働き続けていました。
当初は、自分が漫画家として週刊連載していることを会社へ秘密にしていたそうです。
漫画の仕事が忙しくなるにつれ、月曜日には疲れ切った状態で出勤することも増えていきました。
やがて遅刻や欠勤が増えたため、岡野剛氏は社長へ事情を説明します。
本人は会社を辞める覚悟もしていましたが、社長は漫画を描いていることを面白がり、そのまま勤務を続けることを認めてくれました。
ジャンプで人気漫画を連載しながら会社へ出勤するという、現在では想像しにくい二重生活を送っていたのです。
地獄先生ぬ~べ~の裏設定まとめ

『地獄先生ぬ~べ~』は、最初から現在の形が完成していた作品ではありません。
少年課の刑事を主人公にする企画から始まり、パチンコへ行くダメ教師という案などを経て、現在のぬ~べ~が作られました。
作品を象徴する鬼の手にも、『寄生獣』や『コブラ』から受けた影響と、H・R・ギーガー氏の作品を参考にしたデザインという意外な背景があります。
さらに鬼の手を支えていた美奈子先生の存在を知ると、ぬ~べ~が左手を使う場面の意味も違って見えてきます。
一方、ゆきめは本来一度だけ登場する予定だったにもかかわらず、読者人気によって再登場し、ぬ~べ~にとって欠かせない存在になりました。
『地獄先生ぬ~べ~』には、作者が最初からすべてを決めていたのではなく、連載を続けながら読者の反応や新しいアイデアを取り入れて成長した部分が数多くあります。
そうした変化の積み重ねが、長い年月を経ても語り継がれる『ぬ~べ~』独自の世界を作ったのではないでしょうか。





















