『銀河鉄道999』は、星野鉄郎とメーテルが宇宙を旅するSF作品として知られています。
しかし制作背景を調べてみると、宮沢賢治の文学、松本零士氏自身の上京体験、メーテルに込められた「母」と「初恋」のイメージなど、アニメを見ているだけでは分かりにくい設定が数多く隠されています。
さらにメーテルについては、「本当は何者なのか」「機械の体なのか」「なぜ鉄郎の母と似ているのか」という謎が、作品によって少しずつ違う形で描かれています。
ここでは『銀河鉄道999』の背景を知るうえで重要な裏設定や制作秘話を紹介します。
なお、物語の重要な部分にも触れています。
『銀河鉄道999』の原点には『銀河鉄道の夜』がある

『銀河鉄道999』というタイトルを見ると、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を思い浮かべる人も多いでしょう。
これは単なる偶然ではありません。
『銀河鉄道999』は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』から着想を得て生まれた作品として紹介されています。
どちらも列車に乗って星々の世界を旅するという大きな共通点があります。
ただし、物語そのものはかなり違います。
『銀河鉄道の夜』が幻想的な旅を通して幸福や生命について問いかける作品なのに対し、『銀河鉄道999』では鉄郎がさまざまな星を訪れ、多くの人と出会いながら自分の生き方を見つけていきます。
松本氏は宮沢賢治の世界をそのまま宇宙へ移したのではなく、「銀河を列車で旅する」という発想からまったく別の物語を作り上げたのです。
『青い鳥』も物語のモチーフとされている
『銀河鉄道999』には、もう一つ文学作品との関係があります。
モーリス・メーテルリンクの『青い鳥』です。
松本零士氏の著書を参考資料とした解説では、『銀河鉄道999』は『銀河鉄道の夜』と『青い鳥』をモチーフにした作品として紹介されています。
『青い鳥』では、主人公たちが幸福を求めて旅に出ます。
鉄郎もまた、機械の体を手に入れることが自分を幸せにすると信じて999号へ乗りました。
ところが旅を続けるうちに、鉄郎は本当に必要なものが最初に求めていたものとは違うことに気づいていきます。
遠くまで旅をした末に「本当に大切なものとは何か」を知るという構造には、『青い鳥』と重なる部分があります。
ただし、メーテルという名前までメーテルリンクから取られたと断定するのは注意が必要です。
松本氏は後年、メーテルという名前について、ギリシャ語で「母」を意味する「メーテール」が由来だと語っています。
鉄郎の旅には松本零士氏自身の上京体験が重ねられている
『銀河鉄道999』のもう一つの大きな原点が、松本零士氏自身の青春時代です。
松本氏は18歳のころ、漫画家を目指して九州の小倉から東京へ向かいました。
蒸気機関車に乗った長時間の旅で夜の車窓を眺めると、まるで星の海を走っているように感じたと語っています。
その姿は、地球を離れて999号で未知の世界へ向かう鉄郎によく似ています。
さらに松本氏は、列車の窓辺に絶世の美女が座っている姿まで空想していたそうです。
そのイメージは、後に鉄郎と旅をするメーテルへつながっていきました。
つまり『銀河鉄道999』は、宇宙を舞台にした完全な空想ではありません。
若い松本氏が故郷を離れ、自分の未来へ向かって列車に乗った体験が、鉄郎の旅へ姿を変えていたのです。
「999」は完成する一歩手前を表していた
なぜ列車の番号が「999」なのでしょうか。
松本零士氏は後年、『999』には「未完」という意味があり、「1000」になれば完成すると説明しています。
これは鉄郎の物語ともよく重なります。
999号へ乗った鉄郎は、まだ人生について答えを持っていない少年です。
さまざまな星を旅しながら考え方を変え、少しずつ一人前へ近づいていきます。
そのため「999」は、完成する直前にいる少年や青春を象徴する数字としても解釈されています。
タイトルそのものに、鉄郎の成長が込められていたと考えると面白いでしょう。
メーテルのモデルは一人ではなかった
長い金髪と細い体、落ち着いた表情が印象的なメーテルですが、モデルとなった女性は一人ではありません。
松本零士氏を生前に取材した記事では、三人の女性がメーテルのモデルとして紹介されています。
一人目は、ドイツの俳優マリアンヌ・ホルト氏。
二人目は、シーボルトの孫娘である楠本高子氏。
そして三人目が、俳優の八千草薫氏です。
誰か一人をそのまま漫画にしたのではなく、松本氏の中にあった複数の理想的な女性像を組み合わせたキャラクターだったと考えられます。
さらに松本氏は、自身が若いころに淡い思いを抱いた女性についても語っています。
だからこそメーテルには、実在しそうでありながら現実には存在しないような、不思議な雰囲気があるのでしょう。
メーテルの正体はプロメシュームの娘
物語の序盤では、メーテルが何者なのかほとんど分かりません。
しかし、その正体は機械化帝国の女王プロメシュームの娘です。
東映アニメーションの公式紹介でも、メーテルは全宇宙への機械化を進めるプロメシュームの娘だと明記されています。
さらに零時社の現在の公式設定では、メーテルには母プロメシュームのもとへ若者を送り届ける役割があったとされています。
しかも、その若者たちは機械化帝国の「強化パーツ」として利用される存在でした。
メーテルは最初から、純粋に鉄郎を助けるためだけに999号へ乗せたわけではなかったのです。
また零時社の現在の作品設定では、『新竹取物語 1000年女王』の雪野弥生ことラー・アンドロメダ・プロメシュームが、後のプロメシュームであり、メーテルとエメラルダスの母になると説明されています。
『1000年女王』まで含めると、メーテルの家族には『銀河鉄道999』だけでは見えなかった長い歴史が存在することになります。
メーテル自身は機械の体なのか?
メーテル最大の謎と言ってもよいのが、その体です。
「メーテルも機械化人なのではないか」と考えた人も多いでしょう。
しかし、これは簡単に答えを出せません。
テレビアニメ第5話「迷いの星の影」では、機械の体になった人々が、それまで使っていた生身の体を冥王星の氷の墓場へ残していることが説明されます。
そして鉄郎は、メーテルがその墓場で涙を流している姿を目撃します。
当然、
「氷の中にメーテル本来の体も眠っているのではないか」
という疑問が生まれます。
ところが、作品は答えをはっきりとは見せません。
原作漫画ではメーテルのレントゲンに人間のような骨格が映る一方、正体を隠すための「カムフラージュランジェリー」という仕組みまで登場します。
そのため、見えている姿だけでは生身なのかどうか判断できないようになっています。
劇場版ではさらに踏み込み、メーテルが現在の肉体について、母から与えられたものであり、体が年を重ねれば別の体へ移りながら長い時間を旅してきたという趣旨の説明をします。
つまりメーテルの場合、「人格」と「現在使っている体」を分けて考えた方が分かりやすいでしょう。
ただし、その仕組みが機械化なのか、人工的な肉体なのか、それ以外の技術なのかまでは明確にされていません。
「メーテルは機械人間だった」と断定してしまうと、作品があえて残した謎を消してしまうことになります。
なぜメーテルは鉄郎の母とそっくりなのか?
鉄郎が初めてメーテルと出会ったときから、ある大きな謎が提示されています。
メーテルが鉄郎の母によく似ていることです。
東映アニメーションの第1話公式紹介でも、メーテルは鉄郎の「亡き母そっくり」の女性として紹介されています。
そのため昔から、
「メーテルは鉄郎の母本人なのではないか」
という説も語られてきました。
しかし人物としては別人です。
メーテルはプロメシュームの娘であり、鉄郎の母とは別の人物として設定されています。
重要なのは、なぜあえて母と似た姿にしたのかという点でしょう。
その答えを考える手がかりになるのが、松本零士氏自身がメーテルについて語った言葉です。
メーテルは「母親兼恋人」を形にした女性だった
松本零士氏は、自身の上京体験からメーテルが生まれた経緯について、「母親兼恋人」を形にした存在だったと語っています。
この考えを知ると、鉄郎とメーテルの不思議な関係がかなり分かりやすくなります。
メーテルは鉄郎を守り、困ったときには助け、進む方向を示してくれます。
この部分だけを見ると、鉄郎が失った母の代わりのような存在です。
ところが鉄郎が成長していくにつれ、メーテルは年上の美しい女性への憧れや、初恋にも似た存在になっていきます。
つまり「母なのか恋人なのか」のどちらか一方ではありません。
母への思いと、少年が初めて抱く女性への憧れを一人のキャラクターへ重ねたのがメーテルだったのです。
さらに1981年の『アニメディア』に掲載された松本氏の説明では、メーテルは「青春の幻影」であり、少年期や思春期の夢や希望を形にした存在だとされています。
メーテルがどれだけ謎めいていても、すべてを説明する必要がないのはそのためなのかもしれません。
一人の女性であると同時に、少年時代にしか出会えない「理想の女性」の象徴でもあったのです。
メーテルの役目は鉄郎を大人へ送り出すことだった
松本零士氏は、メーテルの役割についても興味深い説明をしています。
メーテルは鉄郎を大人の世界へ旅立たせる存在であり、鉄郎が一人前になれば、その役割は終わるという考えです。
これは二人の別れを考えるうえで非常に重要です。
メーテルが最後まで鉄郎を守り続ければ、鉄郎はいつまでもメーテルに守られる少年のままになってしまいます。
だからこそ、鉄郎が成長すれば二人は別れなければなりません。
メーテルとの別れは、単なる旅の終了ではありません。
鉄郎がメーテルから離れ、一人でも自分の道を歩けるようになったことを表しているのです。
松本氏がメーテルを「青春の幻影」と表現した理由も、ここにつながっています。
青春は永遠には続きません。
だからメーテルも、鉄郎のそばに永遠にいてはいけないのでしょう。
メーテルだけが鉄郎を変えたわけではなかった
物語を見ると、メーテルが未熟な鉄郎を導いているように見えます。
しかし二人の関係は一方通行ではありません。
零時社の公式紹介では、メーテルは鉄郎に感化されたことで、母プロメシュームの支配から解放されていったと説明されています。
つまり、
メーテルは鉄郎を少年から一人前へ成長させる。
一方で鉄郎は、メーテルがプロメシュームから離れるきっかけになる。
という二つの変化が同時に起きていたのです。
旅の最初では鉄郎の方がメーテルを必要としていました。
しかし旅が進むにつれて、鉄郎は自分で考え、自分で行動するようになります。
そして最後には、メーテル自身の人生にも影響を与える存在へ成長しました。
二人は単なる「案内人と少年」ではなく、互いの人生を変えた相手だったのです。
「機械の体をタダでもらえる星」には別の目的があった
鉄郎が999号に乗った最大の目的は、機械の体を手に入れることでした。
貧しい鉄郎には高価な機械の体を買えないため、「タダで機械の体をくれる星」の存在は夢のような話だったのです。
しかし、この話には大きな裏がありました。
零時社の現在の公式設定では、メーテルが機械化帝国へ送り届けていた若者は、帝国を支える「強化パーツ」にされる存在だったと説明されています。
鉄郎は永遠に近い生命を手に入れるつもりで旅を始めました。
ところが旅の途中では、機械の体を得たことで後悔している人や、生身の体へ戻りたいと願う人にも出会います。
そして鉄郎自身も、いつしか「長く存在できること」と「幸せに生きること」は同じではないと気づいていきます。
ここに『銀河鉄道999』最大の皮肉があります。
鉄郎は機械の体を求めて999号へ乗りました。
しかし長い旅の中で学んだのは、機械になる方法ではなく、限りある人間としてどう生きるかだったのです。
銀河鉄道999の裏設定まとめ

『銀河鉄道999』の裏設定を調べていくと、宇宙を旅する冒険物語の奥に、松本零士氏自身の青春が深く入り込んでいることが分かります。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』から「銀河を列車で旅する」という発想を得て、『青い鳥』にも通じる幸福を求める旅が重ねられ、さらに松本氏自身の上京体験が鉄郎の旅へと姿を変えました。
そして鉄郎と旅をするメーテルにも、単なるヒロイン以上の意味があります。
プロメシュームの娘という具体的な正体を持ちながら、その体については最後まで多くの謎が残されました。
一方、松本氏にとってのメーテルは「母親兼恋人」であり、「青春の幻影」でもありました。
だからこそ、メーテルと鉄郎を単純な親子や恋人として説明することはできません。
メーテルは鉄郎を大人の世界へ送り出し、鉄郎もまたメーテルを母の支配から離れさせるきっかけになりました。
そして二人が別れることで、鉄郎の少年時代も終わりを迎えます。
「999」が1000になる一歩手前の数字であるように、『銀河鉄道999』は完成していない少年が旅を通して成長していく物語だったのです。





















