『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』は、2007年の『序』から2021年の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』まで、約14年をかけて完成した全4部作です。
最初の『序』はテレビ版『新世紀エヴァンゲリオン』とよく似ているため、当初は「テレビ版を新しい映像で作り直した作品」と考えた人も多かったようです。
しかし『破』『Q』と進むにつれ、物語は旧作とはまったく違う方向へ進んでいきました。
さらに制作資料や庵野秀明氏、スタッフの発言を調べていくと、映画を見ただけではわからない仕掛けが数多く存在しています。
今回は本編のあらすじではなく、制作側が明かした背景や、ファンの間で有名になった考察、その後に公式から示された情報などを紹介します。
新劇場版は最初から単純なリメイクではなかった

『序』だけを見ると、テレビ版を最新技術で作り直したリメイク作品のようにも見えます。
しかし、企画開始時点から制作側は違う作品になることを予告していました。
2007年当時の公式サイトには、新しいキャラクター、新しいエヴァ、新しい物語、そして「新しい結末」が用意されていることが明記されています。
庵野秀明氏も新劇場版を始める際、「エヴァはくり返しの物語」という趣旨の言葉を残し、同じ物語から違う形へ変化していく作品だと説明していました。
つまり『序』が旧作によく似ていたのは、「途中から別作品になってしまった」のではありません。
最初から「知っているエヴァから始まり、そこから別のエヴァへ進んでいく」という構想があったわけです。
公式も現在、新劇場版について『序』から作品が進むにつれて『新世紀エヴァンゲリオン』とはまったく異なる展開になるシリーズと説明しています。
当初は「急」と謎の第4部を一緒に公開する予定だった
現在の新劇場版は、
『序』
『破』
『Q』
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
という4作品です。
ところが2007年当時に発表されていた予定は、現在とはかなり違っていました。
公式サイトには第3部として『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:急』、さらにタイトル未定の第4部が掲載されています。
しかも「急」と第4部は一緒に公開する予定だったため、4部作でありながら映画館での公開は全3回になる構想でした。
その後、「急」は『Q』へ変わり、最後の作品も独立した『シン・エヴァンゲリオン劇場版』となります。
つまり、私たちが現在知っている4部作の形は、制作途中で大きく変化した結果なのです。
アスカが「惣流」から「式波」になったのには理由があった
旧作では「惣流・アスカ・ラングレー」だったアスカが、新劇場版では「式波・アスカ・ラングレー」に変更されています。
公開当時、この変更には多くのファンが驚きました。
庵野秀明氏は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 全記録全集』のインタビューで、エヴァパイロットに関する設定を旧作から変更したため、それに合わせて名前も変えたと説明しています。
さらに、旧作を知る観客へ「今回は違う作品だ」とわかりやすく伝える狙いもあったとされています。
そして最終作では「式波シリーズ」という言葉が登場し、新劇場版のアスカには旧作とは大きく異なる背景があることが示されました。
2009年の時点で庵野氏が「パイロットの設定を変えた」と話していたことを考えると、改名が単なる語感の変更ではなかったことがわかります。
ただし、最終作で描かれた設定のすべてが2009年当時から完全に決まっていたのかまでは確認できません。
マリは「エヴァの世界を壊す」ために作られた
真希波・マリ・イラストリアスは、新劇場版で初めて登場した主要人物です。
旧作には存在しないため、「なぜマリだけが追加されたのか」という疑問は公開当初からありました。
実はマリには、かなり重要な制作上の役割が与えられていました。
鶴巻和哉氏は『破 全記録全集』の中で、庵野秀明氏から「マリを登場させることによってエヴァの世界を壊す」という方向性を示されていたことを明かしています。
さらにマリは『破』というタイトルそのものを象徴するキャラクターでもあったとされています。
そのためマリは、旧作の人間関係へ自然に加わるためだけに作られた人物ではありません。
それまでの「エヴァらしさ」を意図的に崩し、物語を未知の方向へ進ませる存在だったのです。
最終的にマリがシンジをエヴァの世界から連れ出すような役割を持ったことまで考えると、この制作方針は非常に興味深いものがあります。
「マリ=安野モヨコ氏」説は庵野秀明氏本人が否定している
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』公開後、特に広まったのが「マリのモデルは庵野秀明氏の妻である漫画家・安野モヨコ氏ではないか」という説です。
エヴァの世界からシンジを外へ連れ出すマリと、現実世界で庵野氏を支えてきた安野モヨコ氏が重なって見えることなどから、この説が広まりました。
ところが2022年の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』公開1周年企画で、庵野氏本人がこの説を明確に否定しています。
庵野氏によれば、「マリ=安野モヨコ氏」という話は一部の人による解釈や憶測であり、制作上の事実ではありません。
さらにマリやアスカの人物像については、鶴巻和哉氏による部分が大きいことも説明しています。
作品を自由に考察すること自体は否定していませんが、現実の人物をモデルだと断定することについては庵野氏がはっきり否定した形です。
新劇場版を代表する都市伝説の一つですが、少なくとも「マリは安野モヨコ氏をモデルに作られた」という情報は公式設定ではありません。
カヲル役の石田彰氏だけは『序』の時点で秘密を知らされていた
『序』に登場した渚カヲルは、旧作を知る人なら違和感を覚えるような言葉を口にしています。
まるで以前から碇シンジを知っているような態度を取っているため、公開直後から「カヲルだけ前の世界を覚えているのではないか」と考察されました。
実はカヲル役の石田彰氏には、『序』の収録時点で庵野秀明氏から新劇場版におけるカヲルとシンジについて特別な説明が行われていました。
石田氏によると、その情報は他の出演者が知らない内容だったそうです。
『Q』の劇場パンフレットのインタビューでは、カヲルが異なる「周期」を経て過去を積み重ねていることを意識して演じていたという趣旨まで語っています。
つまりカヲルの意味深な言動は、後から偶然ループのように見えるようになったわけではありません。
少なくとも『序』の段階から、他の人物とは違う認識を持つキャラクターとして演技が設計されていたことになります。
有名な「ループ説」は半分正しく、半分はまだ考察
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』で、もっとも有名な考察の一つが「ループ説」です。
簡単に言えば、
「エヴァの世界では、似た出来事が何度も繰り返されているのではないか」
という説です。
この考察が広まった大きな理由が、渚カヲルの言動にあります。
『序』に登場したカヲルは、碇シンジとまだほとんど接点がないはずなのに、以前からシンジを知っているような言葉を口にします。
さらに月には、カヲルが目覚めたもの以外にも複数の棺が並んでいました。
そのため公開当時から、
「カヲルは以前の世界の記憶を持っているのではないか」
「新劇場版は、テレビ版の世界がもう一度始まった世界なのではないか」
と考える人が増えていきます。
しかも、これは完全なこじつけとも言い切れません。
庵野秀明氏は新劇場版の制作開始時に、エヴァについて「くり返しの物語」という趣旨の説明をしています。
また、カヲル役の石田彰氏も、カヲルには過去から積み重ねてきた記憶があることを意識して演じていたと語っています。
そして『シン・エヴァンゲリオン劇場版』では、カヲル自身がシンジとの出会いを何度も繰り返してきたことを思わせる描写まで登場しました。
ここまでを見ると、
「少なくともカヲルにとって、シンジとの出会いが一度きりではない」
という考えには、かなり強い根拠があります。
ただし、注意したい点もあります。
ファンの間では、
「テレビ版→旧劇場版→新劇場版」
という順番で、まったく同じ世界が何度もやり直されているという説が有名です。
しかし、制作側がこの順番を公式設定として発表したわけではありません。
さらに漫画版まで含め、
「漫画版は何周目」
「新劇場版はその次の世界」
などと整理する説もありますが、ここまで来るとファンによる考察になります。
つまり、ループ説はすべてが間違いというわけでも、すべてが公式設定というわけでもありません。
わかりやすく整理すると、
「エヴァには何らかの『繰り返し』がある」
→ 制作側の発言や本編からかなり強く読み取れます。
「カヲルは以前の出来事を知っているように見える」
→ 本編や声優への演出から強く示されています。
「テレビ版、旧劇場版、新劇場版が一本の時間軸で順番にループしている」
→ 公式には確定していない考察です。
この違いを覚えておくと、新劇場版のループ説がかなりわかりやすくなります。
「THRICE UPON A TIME」は時間を扱ったSF小説のタイトルだった
最終作の英語タイトルは、
「EVANGELION:3.0+1.0 THRICE UPON A TIME」
です。
「THRICE UPON A TIME」は直訳すれば「三度ある時」といった意味になります。
実はこれは、SF作家ジェイムズ・P・ホーガン氏が1980年に発表した小説『Thrice Upon a Time』のタイトルでもあります。
同作は、過去へ情報を送る技術によって時間や未来が変化していく物語です。
そのため最終作公開前には、このタイトル自体がループ説を示す巨大なヒントではないかと話題になりました。
そして2022年の公式質問企画では、「副題で使用するSF小説の題名に他の候補はあったのか」という質問に対し、庵野氏は「ありませんでした」と回答しています。
つまりSF小説のタイトルを利用したこと自体は、単なるファンのこじつけではありません。
さらに同じ企画で「庵野氏のエヴァは本当に終わりなのか」と尋ねられると、庵野氏は「3度も終わらせたので、今はもういい」という趣旨の回答をしています。
「THRICE」という言葉とエヴァが何度も結末を迎えてきた歴史が重なるのは、非常に面白いところです。
『Q』までの14年間は後から公式作品で少しずつ補われた
『破』と『Q』の間には、突然14年もの時間が流れています。
その間にネルフとヴィレの関係、世界の状況、登場人物たちの立場などが大きく変化しました。
しかし『Q』本編では、その14年間に何が起きたのかほとんど説明されません。
そのため長い間、ファンが想像するしかありませんでした。
ところが『シン・エヴァンゲリオン劇場版』公開後、公式から『EVANGELION:3.0(-120min.)』という漫画が発表されます。
これは『Q』開始の120分前を描いた公式前日譚で、企画・原作・監修を庵野秀明氏、脚本・監督を鶴巻和哉氏が担当しています。
さらに2023年には映像作品『EVANGELION:3.0(-46h)』も公開され、『Q』開始46時間前の出来事が描かれました。
14年間すべてが明かされたわけではありませんが、本編が完結した後になって少しずつ空白部分が公式に追加されています。
新劇場版は、本編4作品だけでは見えない物語が現在も周辺作品に残されているのです。
『Q』公開後に庵野秀明氏は制作を続けられない状態になっていた
『Q』は2012年に公開されました。
ところが完結編となる『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の公開は2021年です。
約9年もの期間が空いたため、「なぜこんなに時間がかかったのか」と疑問に思った人も多かったでしょう。
庵野秀明氏は2015年、株式会社カラーの公式サイトで『Q』公開後の自身について詳しく説明しています。
庵野氏によれば、6年間エヴァの制作に力を注ぎ続けた反動から精神的に大きく調子を崩し、2013年には自分が代表を務めるスタジオへ一度も近づけないほどの状態になっていました。
家族や友人に支えられながら徐々に回復し、その後『シン・ゴジラ』などの制作を経て、再びエヴァへ戻っていきます。
つまり『Q』から『シン・エヴァンゲリオン劇場版』までの長い空白は、単なる制作スケジュール上の遅れだけではありません。
庵野氏自身がエヴァから一度離れなければならないほど、大きな負担を抱えていた時期だったのです。
最後の駅は庵野秀明氏の故郷だった
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の最後に登場する駅は、山口県宇部市にある宇部新川駅です。
宇部市は庵野秀明氏の出身地でもあります。
公式でも庵野氏が宇部市出身であることが紹介されています。
さらに2022年の公式質問企画で、庵野氏は子どもの頃から宇部市内の風景を見ることが好きだったと明かしました。
以前制作した実写映画『式日』でも宇部市を舞台としており、街そのものに映像的な魅力を感じていたそうです。
また最終場面には、現在は存在していない『式日』ゆかりの建物まで意図的に入れたと説明しています。
長年続いたエヴァの最後に、架空の第3新東京市ではなく、庵野氏自身が育った現実の街が現れるわけです。
「エヴァのない現実へ進む」という最後の場面を考えると、非常に象徴的な選択だったと言えるでしょう。
最後にマリとシンジが向かった場所まで庵野秀明氏が明かしている
最終場面では、大人になったシンジとマリが宇部新川駅から外へ駆け出していきます。
映画はそこで終わるため、二人がその後どこへ向かったのかは描かれていません。
ところが2022年の公開1周年質問企画で、この疑問が庵野秀明氏本人へ質問されました。
「マリとシンジはどこへ向かって行ったのでしょうか」という質問に対し、庵野氏が答えた場所は、宇部市に実在していた「喫茶らいぶ」でした。
壮大な人類の物語を終えた二人の行き先としては、あまりにも日常的な答えです。
もちろん作品世界の重要設定として厳密に決められた目的地というより、庵野氏らしい遊びを含んだ回答と見るのが自然でしょう。
しかし「エヴァのない世界」でシンジとマリが向かう先が、特別な場所ではなく普通の喫茶店だったという答えは、最終作のテーマとも不思議なほどよく合っています。
まとめ

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』は、テレビ版を映像だけ新しくした作品として始まったわけではありません。
企画当初から「同じエヴァから違うエヴァへ変化していく」ことが考えられていました。
アスカの名字が「式波」に変わったことにも設定変更という理由があり、マリには従来のエヴァ世界を壊す役割が与えられています。
一方、「マリは安野モヨコ氏がモデル」という有名な説については、庵野秀明氏本人が公式に否定しました。
そして最大の謎であるループ説については、カヲルが複数の周期を意識していることや、庵野氏自身がエヴァを「くり返しの物語」と説明していたことから、単なる偶然とは考えにくいものがあります。
ただし、テレビ版や旧劇場版、新劇場版がそのまま一本の時間軸でつながっていると公式に確定したわけではありません。
「公式に明かされたこと」と「ファンがその先を読み解いた考察」が複雑に重なっているところこそ、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の面白さなのかもしれません。






















