『ヒカルの碁』は、囲碁をまったく知らなかった進藤ヒカルが、平安時代の天才棋士・藤原佐為と出会ったことで囲碁の世界へ入っていく物語です。
原作はほったゆみ氏、漫画は小畑健氏が担当し、アニメ版も大きな人気を集めました。
しかし、作品がどのように生まれたのかを調べてみると、佐為誕生の意外なきっかけや、本因坊秀策とは違う人物を登場させる初期案など、本編だけでは分からない話が残されています。
さらに北斗杯の結果には、当時の日本・中国・韓国の囲碁界を取材したうえでの、ほったゆみ氏の強いこだわりがありました。
今回は『ヒカルの碁』を知っている人ほど気になる、制作秘話や知られざる背景、有名な都市伝説について紹介します。
佐為は「幽霊に囲碁の先生を負かしてほしい」という願望から生まれた

藤原佐為というキャラクターが生まれたきっかけは、ほったゆみ氏自身の囲碁体験でした。
ほった氏は囲碁を覚えるため、週に一度プロ棋士から指導を受けていたそうです。
ところが指導対局ではなかなか勝たせてもらえません。
ほった氏は「お金を払っているのに、どうしていつも負けるのだろう」と悔しく感じていました。
そこで思いついたのが、「守護天使か幽霊が現れて、先生を思い切り負かしてくれたらいいのに」という発想です。
この瞬間に『ヒカルの碁』のアイデアが生まれたと、ほった氏本人が2012年のインタビューで明かしています。
つまり、初心者の少年のそばに最強クラスの棋士がいるという作品最大の仕掛けは、作者自身の「強い人に代わりに打ってもらいたい」という願望が原点だったわけです。
佐為が憑いていた棋士は本因坊秀策ではなく本因坊道策になる案だった
『ヒカルの碁』では、佐為はヒカルと出会う数百年前、本因坊秀策を通して囲碁を打っていたことになっています。
しかし初期構想では、秀策ではなく本因坊道策を登場させる案がありました。
道策は江戸時代を代表する天才棋士で、「棋聖」と呼ばれるほど高く評価されている人物です。
ほったゆみ氏は最初、佐為と関係する歴史上の棋士として道策を考えていました。
ところが道策ではヒカルの時代から離れすぎるため、時代が比較的近い秀策へ変更したとされています。
もしこの変更がなければ、ヒカルが広島県因島へ秀策の足跡を追いに行く展開も、まったく違うものになっていたかもしれません。
作品の重要な歴史設定そのものが、構想段階では違っていたことになります。
佐為やヒカル、塔矢アキラに実在するモデルはいない

『ヒカルの碁』には個性的な棋士が数多く登場するため、「実在するプロ棋士がモデルなのではないか」という説が昔からあります。
特に塔矢アキラや塔矢行洋、緒方精次などは、モデルとなった棋士を予想されることが少なくありません。
しかし、ほったゆみ氏は登場人物のモデルについて「まったくいません」と明言しています。
藤原佐為も進藤ヒカルも架空の人物であり、小畑健氏からも特定のモデルはいないと聞いているとのことです。
そのため、ネット上で語られる「○○棋士が塔矢アキラのモデル」といった話は、基本的にはファンによる推測と考えた方がよいでしょう。
ただし作品を作るために実際の棋士や日本棋院を細かく取材しているため、複数の棋士の雰囲気や囲碁界の特徴がキャラクターへ反映された可能性までは否定できません。
特定の一人をそのままキャラクター化した作品ではない、という意味になります。
作中の対局には本物のプロ棋士の棋譜が大量に使われていた
『ヒカルの碁』の碁盤は、雰囲気だけで適当に石を並べていたわけではありません。
作中の重要な対局には、実在した棋士が実際に打った棋譜が数多く使われています。
たとえばヒカルとアキラの対局には本因坊秀策の棋譜、プロ試験でのヒカルと和谷の対局には趙治勲氏と大竹英雄氏の対局などが使われました。
さらに、佐為と塔矢行洋がネット碁で対決する重要な一局にも、実在するトップ棋士の対局を元にした棋譜が確認されています。
ただし「作中の棋譜がすべて過去のプロ棋士の対局」というわけではありません。
作品用の棋譜や、元となった対局が確認できないものも存在します。
それでも、有名な対局シーンの多くで本物の棋譜が使われていることが、盤面に独特のリアリティがある理由の一つです。
囲碁を知らなくても緊張感が伝わる一方、囲碁に詳しい読者なら「この棋譜はあの対局だ」と別の楽しみ方もできる作品になっていました。
北斗杯でヒカルを勝たせなかったのは作者の意図だった
原作終盤の北斗杯では、日本・中国・韓国の若手棋士が対決します。
少年漫画であれば、主人公のヒカルが最後に強敵へ勝利する展開を想像した読者も多かったでしょう。
しかし、ほったゆみ氏はヒカルを簡単には勝たせませんでした。
その理由について、ほった氏本人が非常に興味深い説明をしています。
ほった氏は韓国まで取材に行き、若いプロ棋士の自宅や研究環境を実際に見ていました。
当時の中国・韓国は若手棋士の層が厚く、囲碁人口や研究環境でも日本を上回っている部分があったそうです。
その現実を知ったため、「ヒカルを日韓戦で勝たすわけにいかなくなった」と語っています。
読者が日本代表の勝利を期待していることも分かっていました。
それでも主人公だからという理由だけで勝たせず、現実の囲碁界を作品へ反映したわけです。
北斗杯の苦い結果は、単なる意外な展開ではなく、『ヒカルの碁』が最後まで囲碁という競技の現実を大切にした結果だったといえます。
「韓国からの抗議で連載が終わった」という都市伝説がある
『ヒカルの碁』には、昔から有名な都市伝説があります。
それが「韓国から抗議を受けたため、北斗杯編で連載が終了した」という説です。
高永夏をはじめとする韓国棋士の描写が問題になり、連載終了につながったという話もネット上では語られてきました。
しかし、この説を事実と確認できる公式発表や、ほったゆみ氏本人の証言は確認されていません。
むしろ、ほった氏は韓国へ直接取材に行き、韓国囲碁の強さをかなり高く評価しています。
その結果として、日本代表を都合よく勝たせなかったことまで本人が説明しているほどです。
連載終了後のインタビューでも、続編を求める声について触れながら、漫画はどこで終わってもよいという自身の考えを語っています。
そのため、「韓国からの圧力で連載終了」という説は、少なくとも現在確認できる資料から事実とは判断できません。
北斗杯が予想以上に厳しい結果となり、そのまま物語が終わったことから生まれた都市伝説と見るのが自然でしょう。
実は連載開始時「人気がなければ3カ月」と言われていた
現在では囲碁漫画の代表作となった『ヒカルの碁』ですが、連載前から成功を期待されていたわけではありません。
監修を担当した梅沢由香里氏によると、最初にヒカルの絵を見せられた際、「人気が出なかったら3カ月で終わり」のような話を聞かされたそうです。
囲碁という題材が『週刊少年ジャンプ』の読者に受け入れられるか、当時は分からなかったのでしょう。
梅沢氏は危機感を覚え、棋士仲間に『週刊少年ジャンプ』を購入してもらい、読者アンケートへ『ヒカルの碁』が面白かったと書いてもらったことまで明かしています。
結果は予想を大きく超えました。
囲碁のルールをほとんど説明しない少年漫画が大ヒットし、アニメ化まで実現しています。
今から考えると信じられませんが、『ヒカルの碁』も最初の数カ月で姿を消していた可能性があったわけです。
原作作りにはほったゆみ氏の夫も深く関わっていた
『ヒカルの碁』は「原作・ほったゆみ氏、漫画・小畑健氏」として知られています。
しかし、ほった氏の家庭ではもう一人、作品作りに深く関わっていた人物がいました。
夫の競馬漫画家・堀田清成氏です。
ほった氏自身がインタビューで、『ヒカルの碁』について「共同作業みたいなものでした」と語っています。
夫婦で同じ仕事場を使い、長時間一緒に作品作りをしていたことも明かしました。
もちろん、正式な原作者がほったゆみ氏であることに変わりはありません。
それでも『ヒカルの碁』という作品が、ほった氏一人だけでアイデアを考え続けて完成したものではなかったことが分かります。
作品の裏側には、家庭内でアイデアを出し合うもう一つの制作現場があったようです。
佐為役の千葉進歩氏は佐為がいない物語でも出演していた
アニメ版ならではの、少し粋な裏話もあります。
テレビシリーズ終了後の2004年には、スペシャルアニメ『ヒカルの碁 北斗杯への道』が放送されました。
この時点でヒカルのそばに佐為はいません。
ところが佐為役だった千葉進歩氏は、別の役で収録に参加しています。
その役は「ヒカルのお父さん」でした。
ヒカル役の川上とも子氏はテレビ東京のインタビューで、千葉氏が収録を見守っている姿について、佐為が温かく見守っているようだったと振り返っています。
佐為として登場するわけではありません。
それでも、かつてヒカルをすぐそばで見守っていた佐為の声を担当した人物が、今度は父親としてヒカルの成長を見守る形になっています。
意図的な配役だったかどうかまでは明言されていませんが、佐為を知るファンには印象深いキャスティングです。
『ヒカルの碁』は現実の囲碁界まで変えてしまった
『ヒカルの碁』最大の裏話は、漫画やアニメの外で起きた出来事かもしれません。
作品のヒット後、本当に囲碁を始める子どもが急増しました。
監修を務めた梅沢由香里氏によると、自身が院生だったころ約40人だった院生が、『ヒカルの碁』で囲碁を覚えた世代が入ってきたころには約100人になっていたそうです。
高校の囲碁大会についても、参加者が約2,000人から約4,000人規模へ増えたと語っています。
つまり作中でヒカルが囲碁に夢中になっていく姿を見て、現実の子どもたちまで碁盤へ向かうようになったわけです。
さらに作品の人気は日本だけにとどまりませんでした。
2020年には中国を舞台にした正式な実写ドラマ版『棋魂』まで制作され、全36話の作品として配信されています。
主人公は進藤ヒカルではなく中国人少年シー・グアン、佐為にあたる人物も南朝梁時代の棋士チュー・インへ変更されるなど、中国の歴史や文化に合わせて大胆に作り直されました。
囲碁を題材にした日本の少年漫画が、現実の囲碁人口を増やし、さらに囲碁の本場の一つである中国で実写ドラマになるまで広がったことになります。
ヒカルの碁の裏設定まとめ

『ヒカルの碁』は、藤原佐為という天才棋士に導かれてヒカルが成長していく物語です。
しかし作品の裏側を調べると、佐為そのものが「幽霊に囲碁を助けてもらいたい」というほったゆみ氏の体験から生まれていたことが分かります。
さらに佐為と関係する歴史上の人物は本因坊道策になる可能性があり、作中の対局には本物の名棋士たちの棋譜が大量に使われていました。
特に興味深いのが北斗杯です。
ほった氏は韓国を実際に取材し、日本・中国・韓国の囲碁界の実力を知ったうえで、主人公だからという理由だけでヒカルを勝たせませんでした。
この徹底したリアリティこそ、『ヒカルの碁』が囲碁を知らない読者にも本物の勝負を見ているような緊張感を与えた理由なのでしょう。
そして漫画の中で始まったヒカルの囲碁への情熱は、作品の外にまで広がりました。
『ヒカルの碁』をきっかけに碁盤へ向かった子どもたちが増えたという事実を考えると、ヒカルから次の世代へ囲碁が受け継がれていく現象そのものが、作品のテーマを現実世界で再現したともいえそうです。





















