『うる星やつら』は、高橋留美子氏が1978年に連載を始めたSFラブコメ作品です。
ラムと諸星あたるの組み合わせは現在ではあまりにも有名ですが、実は最初から2人を中心とした物語になる予定ではありませんでした。
ラムは第1話だけに登場する予定のキャラクターで、序盤のヒロインは三宅しのぶだったことを高橋留美子氏自身が明かしています。
さらに、あたるが最後までラムに「好き」と言おうとしない理由や、作品が完結するきっかけになった意外な人物など、物語を最後まで知っているからこそ面白い制作秘話も残されています。
今回は、公式に確認できる制作背景を中心に、有名な考察や都市伝説についても紹介します。
まず知っておきたいラムとあたるの出会い

ラムは、最初からあたると恋愛するために地球へ来たわけではありません。
地球を侵略しようとする宇宙人の鬼族が、地球側に「鬼ごっこ」を持ちかけたことから物語が始まります。
地球代表に選ばれてしまったのが諸星あたるで、鬼族側の代表として登場したのがラムでした。
つまり、2人は最初から恋人同士だったのではなく、地球の命運をかけて戦う相手として出会っています。
しかも、あたるが鬼ごっこに勝とうと必死になった理由はラムではありません。
幼なじみの三宅しのぶから「勝ったら結婚してあげる」と言われたためでした。
あたるが勝利して結婚を喜んだところ、ラムはその言葉を自分への求婚だと思い込みます。
小学館集英社プロダクションの公式作品紹介でも、あたるが「プロポーズしたようにラムには見えた」ことから関係が始まったと説明されています。
そのため、ラムがあたるを「ダーリン」と呼び始めた関係そのものが、大きな勘違いから生まれているのです。
ラムは第1話限りのゲストキャラクターだった
現在では『うる星やつら』の顔ともいえるラムですが、当初は第1話だけに登場する予定でした。
高橋留美子氏によると、『うる星やつら』は最初から長期連載として始まったわけではなく、当初は5話の短期連載だったそうです。
ラムは第1話で「かけめぐる青春」で鬼ごっこをするためのゲスト宇宙人として作られていました。
序盤のヒロインとして設定されていたのは、三宅しのぶです。
ところが、高橋留美子氏は第3話を考えている途中で「ラムをまた登場させられる」と気づきます。
そこから、あたる・しのぶ・ラムによる三角関係が短期連載の中心となりました。
よく「第1話でラムが大人気になったので、第3話に復活した」と説明されることがあります。
しかし、高橋留美子氏によると、大きな反響があったことを知ったのは5話の短期連載が終わった後でした。
そのため、読者人気を受けて第3話に復活したという説明は正確ではありません。
短期連載中に高橋留美子氏自身がラムを再登場させ、その三角関係が好評だったため、長期連載でも続投することになったという流れです。
もし高橋留美子氏が第3話でラムを再登場させることを思いつかなければ、現在知られている『うる星やつら』は生まれていなかったかもしれません。
本来のヒロインだったしのぶを変えたのは面堂だった
では、いつからラムが正式なヒロインになったのでしょうか。
実は、高橋留美子氏自身も明確な時点を決めていたわけではありません。
連載開始時には、ラムとしのぶのどちらが最終的にあたると結ばれるのかも考えていなかったそうです。
物語を描いていく中で、自然にラムがヒロインの位置へ移っていきました。
高橋留美子氏が大きな転機として挙げているのが、面堂終太郎の登場です。
面堂は、容姿も家柄も非常に恵まれた男性として登場します。
そのような男性が現れたのに、女性たちがまったく反応しないのは不自然だと高橋留美子氏は考えました。
そこで、しのぶが面堂にひかれる描写が加えられます。
その結果、あたるとしのぶの関係が少しずつ薄くなり、ラムがあたるの相手として自然に中心へ移っていきました。
つまり「ラムをヒロインにするために面堂を登場させた」のではありません。
面堂を登場させた結果、しのぶの立場が変化し、ラムがヒロインになっていったのです。
あたるがラムに「好き」と言わないのには意味がある
『うる星やつら』最大級の謎の一つが、あたるの本心です。
あたるは女性を見るとすぐに声をかけ、ラムにも普段は冷たい態度を取っています。
ところが物語を読み進めると、ラムが本当に離れてしまいそうな場面では、普段とはまったく違う行動を見せます。
それでも、あたるはラムに対して「好き」と簡単には口にしません。
この問題が最後に大きく扱われるのが、最終章「ボーイ ミーツ ガール」です。
ラムを連れ戻すためには、あたるがラムに「好き」と言えばよいという状況になります。
2022年版アニメの公式紹介でも、最終章は「好きと言ってほしいラム」と「意地っ張りなあたる」の最後の鬼ごっこと説明されています。
それでも、あたるは簡単には言いません。
ここから、「あたるはラムを好きではない」のではなく、「言わされる形で気持ちを伝えることを嫌っている」と考えることができます。
地球を救うために言ったのであれば、本当にラムへの気持ちから言ったのか分からなくなってしまいます。
だからこそ、あたるは行動で気持ちを示そうとしているという解釈です。
これは高橋留美子氏が公式に「あたるはこう考えている」と説明した設定ではありません。
ただし、最終章までの行動を見ると非常に自然な読み方であり、『うる星やつら』を代表する考察の一つとなっています。
公式アニメの紹介文にも「目を見て『好き』と言えない」という言葉が使われており、この不器用な関係こそ作品の中心的なテーマといえるでしょう。
実はしのぶが『うる星やつら』完結のきっかけだった
ヒロインの位置をラムに譲る形となったしのぶですが、物語の最後では非常に重要な役割を持っています。
高橋留美子氏は、『うる星やつら』を終わらせることを考えるきっかけになった人物として、しのぶを挙げています。
物語が進むにつれて、あたるとラムはほとんど一組のカップルのようになっていきました。
そこで高橋留美子氏は、しのぶをどうすれば幸せにできるのか考えるようになったそうです。
その結果生まれたのが、さまざまな未来へつながる扉が登場するエピソードでした。
しのぶにも明るい未来があると感じられたことで、高橋留美子氏は『うる星やつら』を終えることを決めたと語っています。
ラムの登場によってヒロインの位置から離れていったしのぶが、最後には作品を完結させる理由になったというのは、とても興味深い制作秘話です。
なお、しのぶが途中から机などを投げるほどの怪力キャラクターになったことについて、「ヒロインではなくなったためギャグ担当に変更された」という説もあります。
しのぶが怪力の持ち主なのは公式設定ですが、ヒロイン交代が怪力化の理由だったという高橋留美子氏本人の発言は確認されていません。
その部分については、ファンの考察として考えたほうがよいでしょう。
ラムの「だっちゃ」は新潟弁ではなかった
ラムといえば「~だっちゃ」という特徴的なしゃべり方が有名です。
高橋留美子氏が新潟県出身であることから、ラムの言葉は新潟周辺の方言が元になったという説が広く知られるようになりました。
しかし、高橋留美子氏本人が明かした由来は違います。
きっかけになったのは、井上ひさし氏の小説『青葉繁れる』でした。
同作は仙台を舞台にしており、高橋留美子氏は作中に登場する「だっちゃ」という言葉を覚えていたそうです。
さらに、高橋留美子氏のデビュー作『勝手なやつら』には「~だっぴゃ」と話す異星人が登場します。
この「だっぴゃ」と仙台の言葉が似ていたことから、ラム独特の話し方が作られました。
そのため、「作者が新潟出身だからラムも新潟弁」という話は、もっともらしく広まった説ではありますが、本人が説明した由来とは異なります。
ラムという名前と「ダーリン」は1970年代から生まれた
ラムという名前にも元ネタがあります。
名前の由来とされているのが、1970年代に日本で人気だったハワイ出身のモデル、アグネス・ラム氏です。
高橋留美子氏はラムについて、かわいさを特に重視して作り込んだキャラクターだったと語っています。
その名前も、当時人気だったアグネス・ラム氏から取られました。
さらに、ラムがあたるを呼ぶ「ダーリン」にも当時の流行が関係しています。
短期連載が始まった1978年前後には、沢田研二氏の楽曲『ダーリング』がヒットしていました。
高橋留美子氏は、この曲から「ダーリン」という呼び方を取り入れたとされています。
物語の中では、あたるの結婚発言をラムが自分への求婚だと思い込んだことから、あたるを特別な相手として扱うようになります。
制作の裏側では、1970年代の芸能界や流行が、ラムというキャラクターそのものに取り込まれていたのです。
ラムの髪は本来「緑色」と決まっていなかった
1981年版アニメを知っている人にとって、ラムといえば緑色の髪が当たり前でしょう。
しかし、原作では最初から緑色に固定されていたわけではありません。
1981年版でキャラクターデザインを担当した高田明美氏によると、アニメ制作が始まった当時は原作でもラムの髪色がはっきり決まっていなかったそうです。
単行本などでは、緑だけでなく赤系や虹色のような表現も使われていました。
そこでテレビアニメでは、トラ柄の衣装との組み合わせなどを考え、高田明美氏が緑色を選びました。
1981年版アニメが大人気になったため、その後は「ラム=緑髪」というイメージが非常に強くなります。
つまり、現在ではラム最大の特徴の一つに見える緑色の髪も、アニメ制作の段階で定着した要素だったのです。
メガネたちは原作から大きく変化したアニメ独自の存在だった
1981年版『うる星やつら』には、メガネ、パーマ、カクガリ、チビという男子生徒たちが登場します。
特に千葉繁氏が演じたメガネは、ラムへの強烈な思いを長々と語るなど、旧アニメを代表するキャラクターの一人となりました。
ところが原作では、同じような役割で長期間活躍するメガネは存在しません。
原作初期に登場した男子生徒を元に、アニメ側が独自にキャラクターを大きく発展させています。
練馬区の映像文化サイトでも、メガネは原作初期のキャラクターを基に、押井守氏が千葉繁氏をモデルとして作り上げたキャラクターと紹介されています。
そのため、よく「ラム親衛隊は完全なアニメオリジナル」と説明されますが、正確には原作初期の脇役を出発点として独自進化した存在と考えるのが近いでしょう。
原作と1981年版アニメの違いを象徴する設定の一つです。
あたる役の古川登志夫氏は交代を覚悟していた
現在では1981年版の諸星あたるといえば、古川登志夫氏の声を思い浮かべる人も多いでしょう。
ところが放送開始当初は、「あたるのイメージと声が合っていない」という厳しい意見が多く届いていたそうです。
古川登志夫氏本人によると、役を降りるよう求める内容の手紙まであったといいます。
本人も交代させられる可能性を考え、ある程度覚悟していた時期がありました。
ところが、その状況を変えたのが原作者の高橋留美子氏でした。
高橋留美子氏がアニメ誌で声優陣について触れ、特に古川登志夫氏のあたるを高く評価したところ、批判的な手紙が来なくなったと古川登志夫氏は振り返っています。
もし高橋留美子氏の一言がなければ、途中で諸星あたるの声が変わっていた可能性もあったわけです。
後に作品を代表する組み合わせとなった古川登志夫氏と平野文氏ですが、最初からすんなり受け入れられていたわけではありませんでした。
『ビューティフル・ドリーマー』で高橋留美子氏が激怒した説は誇張されている
『うる星やつら』にまつわる都市伝説の中でも特に有名なのが、劇場版第2作『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』をめぐる話です。
押井守氏が監督・脚本を担当した同作は、原作とはかなり違う方向へ踏み込んだ作品として知られています。
そのため長年、
「高橋留美子氏が作品を見て激怒した」
「高橋留美子氏と押井守氏が決定的に不仲になった」
といった話が広まりました。
高橋留美子氏が『ビューティフル・ドリーマー』を、自分自身の『うる星やつら』とは別の「押井守氏の作品」として見ていたことは知られています。
一方で、「押井守氏と不仲だった」という説については、高橋留美子氏自身が2020年の『週刊少年サンデー』で否定しています。
押井守氏側は後年、高橋留美子氏から嫌われたという趣旨の発言を何度かしています。
しかし、高橋留美子氏本人は不仲説を否定しているため、「映画を見て激怒し、そのまま絶縁した」という形で断定するのは正確ではありません。
『ビューティフル・ドリーマー』が高橋留美子氏の作品世界とはかなり異なること。
そして押井守氏自身の作家性が強く出ていること。
この二つの事実が長い年月の中で混ざり、「原作者と監督が大げんかした」という都市伝説へ変化していった可能性があります。
うる星やつらの裏設定まとめ

『うる星やつら』は、最初からラムとあたるの恋愛物語として完成された構想があった作品ではありません。
ラムは第1話だけに登場する予定で、序盤のヒロインは三宅しのぶでした。
ラムが短期連載中に再登場し、面堂終太郎が加わったことで人間関係が変化し、いつの間にかラムが作品を代表するヒロインになっていったのです。
そして最終章では、最初の鬼ごっこを思わせる形で、再びラムとあたるが鬼ごっこをします。
最初の鬼ごっこでは、あたるはしのぶとの結婚を目指してラムを追いかけました。
最後の鬼ごっこでは、ラム自身を取り戻すために追いかけます。
それでも、あたるは簡単には「好き」と言いません。
言葉ではなく行動で追い続けるあたると、いつか言葉で聞きたいラム。
第1話から続いてきた2人の関係が、最後まで完全には変わらないことこそ『うる星やつら』らしい結末といえるでしょう。
さらに制作の裏側を見ると、ラムの緑色の髪、メガネの強烈な個性、古川登志夫氏の諸星あたるなど、現在では作品に欠かせない要素の中にも、連載やアニメ制作の途中で生まれたものが数多くあります。
最初からすべてが計画されていたのではなく、キャラクターたちが作品の中で成長するのと同じように、『うる星やつら』という作品そのものも連載やアニメ制作の中で形を変えながら完成していったのです。





















