『ハウルの動く城』には、映画を何度見ても気づきにくい設定や制作秘話が数多くあります。
特に面白いのが、ダイアナ・ウィン・ジョーンズによる原作小説『魔法使いハウルと火の悪魔』と映画の違いです。
映画版は原作の基本設定を使いながら、宮﨑駿監督が人物関係や戦争、世界観を大きく作り変えています。
原作ではソフィー自身が魔法を使えたり、ハウルが現代のウェールズ出身だったりと、映画からは想像できない事実も明らかになります。
今回は『ハウルの動く城』の知られざる裏設定や原作との違い、制作秘話を紹介します。
※原作小説と映画のネタバレを含みます。

魔法と恋、そして心の成長を描いたスタジオジブリの名作『ハウルの動く城』。
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荒地の魔女がソフィーとハウルの出会いに気づいたのはなぜ?

ソフィーがハウルと出会った直後、荒地の魔女は帽子店を訪れ、ソフィーを老婆の姿に変えてしまいます。
しかし不思議なのは、ソフィーとハウルが会ったのは、このときがほぼ初めてだったことです。
荒地の魔女がソフィーを狙った理由は、ハウルを追っていた「ゴム人間」にあると考えられます。
ソフィーとハウルが出会ったとき、ゴム人間たちはすでにハウルを追跡していました。
そのため、荒地の魔女は「ハウルが見知らぬ若い女性を助けた」ことを把握していたのでしょう。
実際、荒地の魔女はソフィーに呪いをかけたあと、「ハウルによろしくね」と言い残しています。
つまり、この時点ですでにソフィーがハウルと接触したことを知っていたわけです。
ただし、荒地の魔女が2人を恋人だと思っていたとは限りません。
ハウルに強い執着を持つ荒地の魔女にとって、ハウルが親しげに接した若い女性というだけで、嫉妬するには十分だったと考えられます。
そして皮肉なのが、この呪いによってソフィーが町を出て、ハウルの城へたどり着いたことです。
荒地の魔女はハウルからソフィーを遠ざけるつもりだったのかもしれません。
しかし結果的には、荒地の魔女自身がソフィーとハウルを再会させ、2人の関係を深めるきっかけを作ってしまったのです。
ソフィーの年齢が何度も変わるのには意味がある

荒地の魔女によって90歳ほどの老婆にされてしまったソフィー。
ところが映画をよく見ると、ずっと同じ年齢ではありません。
ハウルに自分の気持ちを伝えるときには若々しくなり、不安になると再び老けるなど、場面によって見た目の年齢が変化しています。
これは作画ミスではありません。
作画監督を務めた山下明彦さんは、ソフィーについて「感情によって年齢が変化する」ように描いていたことを明かしています。
さらに宮﨑駿監督は、単純に「若返ること=幸せ」という物語にはしたくなかったと語っています。
むしろ老婆になったことで、それまで内気だったソフィーが本音を口にし、どんどん元気になっていくところを重要視していました。
つまりソフィーの姿は、単なる肉体年齢ではなく、ソフィー自身の心や自己認識まで映し出しているのです。
「ソフィーは綺麗だよ」と言われた瞬間に老婆へ戻った理由
ハウルがソフィーを秘密の花畑へ連れて行く場面では、老婆だったソフィーがいつの間にか若い姿へ戻っています。
ところが、ハウルから「ソフィーは綺麗だよ」と言われた直後、みるみる老婆の姿へ戻ってしまうのです。
これは、ハウルの言葉によって呪いが強くなったわけではありません。
むしろ花畑では、ハウルと一緒にいる喜びによってソフィーが自分への劣等感を忘れていたため、本来の若い姿が表れていたと考えられます。
しかし「綺麗だよ」と言われたことで、自分の容姿を強く意識してしまい、「自分は綺麗ではない」という昔からの思い込みが復活します。
その心の変化が、そのまま老婆の姿となって現れたのです。
公式関連書籍『ロマンアルバム ハウルの動く城』でも、荒地の魔女の呪いに加えて、ソフィー自身が自分に暗示をかけていると捉えることができると解説されています。
自分に自信を持てないソフィーが老婆の姿を「自分にふさわしい姿」と受け入れてしまったため、気持ちによって年齢が若くなったり老いたりしているというわけです。
さらに映画の絵コンテでは、花畑で老婆に戻ってしまったソフィーを見たハウルの心情として、「なんてガンコな呪いなんだ」と記され、その時点ですでにソフィーにかけられた呪いは解けていることを示す補足もあると紹介されています。
つまり、物語後半のソフィーを老婆にしている最大の原因は、荒地の魔女の魔法だけではなく、「私は綺麗ではない」「私なんて」というソフィー自身の自己否定です。
逆に、ハウルを守ろうとするときや自分の気持ちに素直になったときには若返ります。
花畑の場面は、ソフィーの本当の呪いが「老化の魔法」ではなく、自分自身を低く評価してしまう心にあることを、もっとも分かりやすく示した場面なのです。
原作のソフィーは実は魔法使いだった
映画では、ソフィーは普通の帽子職人として登場します。
ところが原作小説では、ソフィー自身にも特別な力があります。
その能力は、簡単にいえば物に語りかけることで力を与える魔法です。
ソフィーは帽子や杖などに話しかけながら、知らないうちに自分の言葉を現実にしていきます。
物語の序盤では本人も、自分が魔法を使っているとはほとんど自覚していません。
しかし物語が進むにつれて、その力が非常に重要な意味を持つようになります。
映画版ではこの能力について明確な説明はありません。
そのため、
「映画のソフィーも実は魔法使いなのでは?」
という考察もあります。
ただし、映画版でも原作とまったく同じ魔法を持っていると公式に明言されているわけではないため、「原作ではソフィー自身も魔法使い」と分けて考えるのが正確です。
原作のハウルは現代のウェールズ出身
映画では、ハウルがどこで生まれたのか詳しく語られません。
しかし原作では驚きの出自が明らかになります。
ハウルは魔法の国インガリーで生まれた人物ではありません。
本名は、
ハウエル・ジェンキンス(Howell Jenkins)
といい、現代のイギリス・ウェールズ出身の人間です。
ハウルの城にある魔法の扉はインガリーの各地だけでなく、現実世界のウェールズにもつながっています。
原作ではソフィーがハウルと一緒にウェールズを訪れ、ハウルの家族とも出会います。
つまり原作の『ハウルの動く城』は、完全な異世界だけを舞台にした物語ではありません。
現代の現実世界と魔法世界がつながっている物語なのです。
この設定は映画版では丸ごと削られています。
映画だけを見た人にとっては、かなり意外な裏設定ではないでしょうか。
荒地の魔女は原作ではハウルの元恋人
映画の荒地の魔女は、ハウルの心臓を狙って執拗に追い続けています。
しかし、なぜそこまでハウルに執着するのかは詳しく説明されません。
原作では二人の関係がもう少し具体的です。
ハウルは以前、荒地の魔女と恋愛関係にありました。
しかし魔女の正体を知ったハウルが逃げ出したことで関係が悪化し、荒地の魔女はハウルに強力な呪いをかけます。
つまり原作の二人は、
「ハウルを追いかける魔女」と「魔女から逃げる魔法使い」になる前に、恋人同士だった
ということです。
映画版では荒地の魔女の性格や物語上の役割そのものが大幅に変更されています。
マルクルは原作ではもっと年上の少年
映画でハウルと暮らしている小さな少年がマルクルです。
まだ幼く、ソフィーやハウルと一緒に暮らすことで、家族のような関係になっていきます。金曜ロードショーも、ハウル、ソフィー、カルシファー、マルクルたちの共同生活を家族のようなものとして紹介しています。
ところが原作では設定がかなり違います。
名前はマイケル・フィッシャー。
映画のマルクルよりも年上の少年で、ハウルの弟子として魔法の仕事を手伝っています。原作出版社の紹介でも、ソフィーがハウルと「Michael」とともに行動することが確認できます。
さらに原作では、ソフィーの妹マーサとの恋愛関係も描かれています。
映画ではマルクルを幼い子どもに変更したことで、恋愛要素はなくなりました。
その代わり、ソフィーが母親のような存在となり、城の住人たちが一つの家族になっていく印象が強くなっています。
カブの正体は原作と映画で違う
映画の終盤、ずっとソフィーを助けていたカカシのカブにキスをすると、人間の姿へ戻ります。
その正体は隣国の王子でした。
しかも王子が戻ったことで戦争を終わらせられる可能性が生まれます。
ところが原作はまったく同じ展開ではありません。
原作では行方不明になった王弟ジャスティンと魔法使いサリマンをめぐる事件が重要な物語になっており、荒地の魔女によって人間の身体が分解され、組み合わされるという非常に不気味な魔法まで登場します。
映画版ではこの複雑な物語を大幅に整理し、カブを「呪われた隣国の王子」という分かりやすい存在へ変更しています。
同じ原作から生まれたとは思えないほど、大きく改変された部分です。
映画の「戦争」は原作より大きく描かれている
映画『ハウルの動く城』で重要なテーマとなっているのが戦争です。
街には兵士があふれ、巨大な軍艦や爆撃機が登場し、ハウル自身も戦いに巻き込まれていきます。
しかし原作小説と映画では、戦争の扱いが大きく違います。
原作にも王国をめぐる不穏な情勢はありますが、映画ほど戦争そのものが物語の中心には置かれていません。
映画では原作の複数の物語を整理する一方、宮﨑駿監督独自のテーマとして戦争が大きく取り入れられました。
そのため映画版では、ハウルが怪物のような姿になって戦場へ向かう姿や、爆撃によって街が焼かれる様子が繰り返し描かれています。
原作と映画を比較すると、宮﨑版が単なる恋愛ファンタジーではなく、戦争に翻弄される人々の物語として再構成されていることが分かります。
ハウルが黒い鳥に変身するのはなぜ?人間に戻れなくなる理由

ハウルが巨大な黒い鳥のような姿になるのは、戦争に介入するために自分の意志で魔法を使っているからです。
国王から戦争への協力を求められたハウルですが、どちらかの国のために戦っているわけではありません。
黒い鳥の姿で戦場を飛び回り、戦争そのものを妨害しています。
作中でも、ハウルが戦争に介入するため鳥のような怪物へ変身していることが描かれています。
しかし、この変身には大きな代償があります。
カルシファーは何度も変身するハウルに対して、このままでは人間に戻れなくなると警告しています。
さらにハウル自身も、国王のために怪物へ変身した魔法使いたちは、やがて人間に戻れなくなり、人間だったことさえ忘れてしまうと語っています。
つまり、この世界では怪物への変身を繰り返すほど、姿だけでなく「人間としての心」まで失われていく危険があるのです。
なぜ戻れなくなるのか、その魔法的な仕組みまでは映画では説明されていません。
ただ、ハウルはカルシファーとの契約によって心臓を手放しており、サリマンからも「心を持たないまま強大な力を使う危険な存在」と見られています。
そのため黒い鳥への変身は、単なる便利な飛行魔法ではなく、魔法の力に飲み込まれて人間性を失っていくハウルを象徴する描写と考えられます。
つまり、ハウルは「自分の意志で黒い鳥になる」ものの、変身を重ねるほど自分自身を失い、最後には人間へ戻れなくなる可能性があるのです。
戦争を止めるために怪物の力を使いながら、その力によって自分まで怪物になりかけているという皮肉な設定になっています。
ハウルの城に脚が生えているのは映画独自のアイデア
『ハウルの動く城』を象徴する存在といえば、巨大な城です。
煙突や家、鉄板のようなものが複雑に組み合わさり、何本もの脚を動かしながら荒地を歩いていきます。
もちろん原作にも「動く城」は登場します。
しかし原作では、城が具体的にどのような仕組みで移動しているのか詳しく説明されていません。
宮﨑駿監督は、
「動く城なら、実際にどうやって動くのか」
という部分を映像として考え、現在の奇妙な城の姿を作り上げました。
映画版の城は鳥や機械、生き物などを組み合わせたようなデザインとなり、巨大な脚で地面を踏みしめながら移動します。映画制作では「奇怪な城が動く」という映像そのものが重要な企画要素の一つに位置づけられていました。
今では作品を象徴するデザインですが、原作にそのまま描かれていたものではないのです。
最初に監督をする予定だったのは細田守
『ハウルの動く城』といえば宮﨑駿監督作品として知られています。
しかし、最初から宮﨑監督が制作していたわけではありません。
当初、この映画の監督として企画に参加していたのは細田守監督でした。
細田監督自身もインタビューで、東映アニメーションに所属していたころ、スタジオジブリから『ハウルの動く城』の監督を依頼されたと明かしています。
しかし細田版の『ハウルの動く城』は完成には至りませんでした。
その後、宮﨑駿監督が脚本・監督を務める形で企画が進み、2004年11月20日に現在の『ハウルの動く城』が公開されました。
細田守監督はその後、
『時をかける少女』
『サマーウォーズ』
『おおかみこどもの雨と雪』
などを手がけることになります。
もし最初の企画がそのまま完成していたら、現在とはまったく違う『ハウルの動く城』になっていた可能性があります。
原作者は映画が原作と違うことを受け入れていた
これほど原作と映画が違うと、
「原作者は映画版に怒らなかったの?」
と思う人もいるかもしれません。
原作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズは、映画制作そのものには直接関与していませんでした。
宮﨑駿監督は完成した映画を見せるためにイギリスを訪れています。
ジョーンズは、自分は本を書く人間で映画を作る人間ではないという立場から、映画が原作とは違う作品になることを受け入れていたと伝えられています。
スタジオジブリから発売された『ハウルの動く城』特別収録版にも、原作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズのインタビューが収録されています。
そのため、
原作小説を忠実にアニメ化した作品
というより、
ダイアナ・ウィン・ジョーンズの物語を材料に、宮﨑駿監督が新しい『ハウルの動く城』を作った
と考えたほうが作品の違いを理解しやすいでしょう。
冒頭「探したよ」は過去ソフィーの「未来で待ってて」に繋がる?

最後に、公式設定ではありませんが非常に有名な考察を紹介します。
物語の終盤、ソフィーはハウルの過去へ入り込み、少年時代のハウルとカルシファーが契約を結ぶ瞬間を目撃します。
過去から現在へ戻される直前、ソフィーは少年ハウルに向かって、
「未来で待ってて」
と呼びかけます。
そして映画の冒頭。
初めて会ったはずのハウルは、ソフィーに対して、まるで以前から探していたように
「探したよ」
と言葉をかけるのです。
この二つの場面をつなげ、
「ハウルは子どものころに未来のソフィーを見ていたため、大人になってからずっとソフィーを探していた」
と考えるファンは少なくありません。
非常にきれいにつながる解釈ですが、宮﨑駿監督がこの意味を公式に明言した一次資料は確認できません。
そのため、現時点では公式の裏設定ではなく、映画の描写から生まれた有力な考察として楽しむのがよいでしょう。
ハウルの動く城の裏設定まとめ

『ハウルの動く城』には、映画だけでは分からない設定が数多くあります。
ソフィーの年齢は心の状態によって変化し、原作ではソフィー自身にも魔法の力があります。
さらに原作のハウルは、魔法世界で生まれた人物ではなく、現代のウェールズ出身の「ハウエル・ジェンキンス」です。
マルクルやカブ、荒地の魔女なども原作と映画では大きく設定が異なります。
そして映画版では、原作にあった物語を整理する一方で、戦争や家族といった宮﨑駿監督独自のテーマが強く加えられました。
原作と映画のどちらが正しいというわけではありません。
同じソフィーとハウルから生まれた、二つの異なる『ハウルの動く城』と考えると、それぞれの作品をさらに楽しめるのではないでしょうか。

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