『島耕作』シリーズは、1983年に始まってから40年以上も続くサラリーマン漫画です。
課長だった島耕作は、部長、取締役、常務、専務、社長、会長へと出世し、その後も相談役や社外取締役として活躍してきました。
しかし、この作品には漫画を読んでいるだけでは分からない面白い制作事情がたくさんあります。
実は島耕作は、弘兼憲史氏自身の「もう一つの人生」として作られた人物でした。
初芝電器のモデルや女性関係の決まり、現実より先に起きた「予言」のような出来事まで、『島耕作』シリーズの知られざる裏設定を紹介します。

仕事、出世、恋愛、人間関係…会社員として生きる島耕作の姿をリアルに描いた、弘兼憲史氏の代表作『課長 島耕作』。
企業社会の駆け引きや時代の空気、大人の人間ドラマが詰まっており、今読んでも引き込まれる魅力があります。
シリーズの原点をじっくり楽しめる、新装版全17巻セットです。
島耕作は弘兼憲史氏の「もう一人の自分」

島耕作は、弘兼憲史氏とかなり共通点の多い人物です。
弘兼氏と島はともに1947年生まれで、早稲田大学を卒業し、大手電機メーカーへ就職しています。
これは偶然ではありません。
弘兼氏自身が、島耕作について「定年まで電機メーカーに勤めていた、もう一人の自分」という趣旨で説明しています。
弘兼氏は松下電器を約3年で退職して漫画家になりました。
つまり島耕作は、「もし弘兼氏が会社を辞めず、そのままサラリーマンを続けていたら」というもう一つの人生でもあるのです。
最初は出世漫画ではなくオフィスラブだった
現在では企業経営を描く作品というイメージが強い『島耕作』ですが、最初から出世物語として考えられていたわけではありません。
最初の作品は「カラーに口紅」というタイトルの読み切りでした。
内容も企業の経営戦略ではなく、会社員の男女関係を描いたオフィスラブです。
弘兼氏は当時、サラリーマン経験のある漫画家が少なかったため、自分の会社員経験を使って一本描いてみようと考えたそうです。
読み切りが好評だったため続編が作られ、やがて『課長 島耕作』へ発展しました。
弘兼氏本人も、最初は「2年も続けばいい」と考えていたほどで、40年以上続く大河作品になるとは想像していませんでした。
最初の4編はほとんど女性関係の話だった
読み切りからシリーズ化した直後も、現在の『島耕作』とはかなり雰囲気が違いました。
弘兼氏によると、最初の4編はさまざまな女性との関係を中心とした話だったそうです。
ところが作品の人気が上がり、本格的な連載になることが決まりました。
女性との話だけでは長期連載にできないと考えた弘兼氏は、島を仕事でも活躍する「スーパーサラリーマン」へ変更していきます。
つまり現在知られている島耕作の人物像は、連載開始後に作られていったものなのです。
初芝電器のモデルは松下電器
島耕作が勤める初芝電器産業には、明確なモデルがあります。
弘兼氏が実際に勤務していた松下電器産業、現在のパナソニックです。
名前を変えただけではありません。
島が所属していた初芝電器の広告宣伝部も、弘兼氏が松下電器で働いていた販売助成部をもとに作られています。
さらに初芝電器の会長についても、松下電器の創業者である松下幸之助氏の顔に少し似せて描いたと弘兼氏自身が明かしています。
松下電器を辞めた後も同期が「情報源」だった
弘兼氏が松下電器で働いた期間は約3年間です。
それだけの経験で、何十年も大企業の内部を描き続けられたのは不思議に感じるかもしれません。
実は弘兼氏には、非常に強力な情報源がありました。
松下電器に入社した同期の社員たちです。
当時の同期は約900人もおり、弘兼氏は会社を辞めた後も交流を続けていました。
同期が課長、部長、役員へと出世するたびに会社の状況を聞き、作品へ取り入れていたそうです。
社長が交代すれば実際に話を聞きに行くこともあり、『島耕作』の企業内部がリアルなのにはこうした理由がありました。
島の出世速度にも実在する参考人物がいた

島耕作本人は特定の一人をそのままモデルにした人物ではありません。
しかし、出世する速度には参考にした人物がいました。
弘兼氏の友人の一人が、部長から取締役、常務、専務、社長、会長へと出世していったそうです。
弘兼氏は、その人物の昇進する速度と島耕作をほぼ合わせて描いたと説明しています。
島が次々と出世するため現実離れしているようにも見えますが、昇進する時期そのものは実際の会社員を参考にしていたのです。
島耕作には「自分から女性を口説かない」という決まりがある
島耕作といえば、多くの女性から好意を寄せられる人物としても有名です。
ところが弘兼氏は、島から女性へ積極的に近づかないというルールを作っています。
関係が始まる場合も、基本的には女性側から近づいてくる形です。
弘兼氏は、島から次々と女性へ近づく人物にしてしまうと、単なる嫌な男性に見えてしまうため、この形にしたと説明しています。
長いシリーズを振り返ると島が異常なほどモテるように見えますが、それはこの制作上のルールが積み重なった結果でもあります。
島が離婚したのは恋愛を続けるためでもあった
島耕作は最初の妻・怜子と離婚しています。
もちろん作中には夫婦関係がうまくいかなくなった理由がありますが、作者側にも別の事情がありました。
『島耕作』には仕事だけでなく恋愛の要素も必要だと弘兼氏は考えていました。
しかし、結婚したまま次々と女性との関係を描けば問題が生じます。
そこで島を離婚させ、自由に恋愛できる人物にしたと弘兼氏本人が明かしています。
作品内の離婚には、長期連載を続けるための事情も隠されていたわけです。
大町久美子だけはモデルがいない
『島耕作』に登場する女性には、弘兼氏が実際に出会った人物などをぼんやりと参考にしたキャラクターが多いそうです。
ところが、大町久美子だけは違います。
弘兼氏によると、久美子にはモデルとなった人物がおらず、一から作り上げたキャラクターです。
長いシリーズの中でも特に重要な女性であり、最終的に島の妻になる久美子が完全な創作だったというのは意外な裏話です。
久美子との結婚は最初から決まっていなかった
大町久美子は長年、島にとって「永遠の恋人」と呼べる存在でした。
そのため最初から最後に結婚する予定だったと思われがちですが、実際は違います。
弘兼氏は、島と久美子を結婚させるつもりはなかったと明かしています。
ところが島が社長や会長という立場になると、それまでのようにさまざまな女性と関係を持つ展開が現実的ではなくなりました。
そこで久美子と結婚させることを決めたそうです。
実際に『社長 島耕作』では二人が正式に籍を入れており、「事実婚だった」という説は正しくありません。
「女性のおかげで出世した」は公式まで認めている?
島耕作については昔から、「仕事の実力だけでなく女性の助けで出世したのではないか」と冗談交じりに語られることがあります。
これを完全なファンの悪口とも言い切れません。
講談社が発売した女性関係を集めた『情愛 島耕作』では、「女が助けて出世する」という紹介まで使われています。
もちろん島は仕事でも多くの実績を残しており、女性だけの力で出世したという意味ではありません。
弘兼氏自身も、島は強い出世欲を持つ人物ではなく、仕事をしているうちに周囲から押し上げられていった人物だと説明しています。
「なぜか人に助けられ、その結果として上へ進んでいく」というのが島耕作の大きな特徴なのでしょう。
パナソニックと三洋電機の未来を「予言」していた
『島耕作』最大の都市伝説の一つが、現実の企業再編を予言したという話です。
作中では2008年、松下電器をモデルにした初芝と、三洋電機を思わせる五洋電機が経営統合します。
その直後、現実でもパナソニックによる三洋電機の買収が大きなニュースとなりました。
あまりにも展開が似ていたため、「弘兼氏は未来を知っていたのではないか」と話題になります。
もちろん本当に未来を見たわけではありません。
弘兼氏は現実の企業や経済の動きを常に調べ、それを作品へ取り入れていました。
初芝と五洋の統合も、松下電器と三洋電機の歴史的な関係などから将来を考えた結果であり、その読みが偶然現実と重なったものです。
本家パナソニックが「HATSUSHIBA」の携帯電話を作った
初芝電器が松下電器をモデルにしていることは、かなり分かりやすく描かれています。
それでも「これだけ似せて問題にならなかったのか」と疑問に思う読者もいるでしょう。
実際には、後年になると本家パナソニック側との関係はかなり友好的なものになっています。
2008年には、パナソニック製の携帯電話W62Pをもとにした「島耕作ケータイ」が3,000台限定で販売されました。
しかも通常「Panasonic」と入る場所には、作中企業の「HATSUSHIBA」というロゴが入っています。
フィクションのモデルとなった会社が、自ら「初芝電器製」のような商品を作ってしまったわけです。
さらに弘兼氏は後年、松下幸之助氏の孫で元パナソニック副会長の松下正幸氏とも公式に対談しています。
島耕作は現実と同じ速度で年を取る
漫画の主人公は、何十年連載してもほとんど年を取らないことがあります。
島耕作は正反対です。
『島耕作』シリーズでは、作品の中の時間と現実世界の時間がほぼ同じ速度で進みます。
新しい年になれば島も一つ年を重ね、弘兼氏とほぼ同じ年齢を保ってきました。
そのため島は課長から社長になっただけではなく、会長を退き、相談役になるところまで描かれています。
相談役になった時期さえ、弘兼氏の同級生や大学時代の同期が実際に大企業の会長から相談役へ移った時期を参考にしていました。
島の人生は、現実の日本社会と一緒に進んでいるのです。
部長時代の出向には「漫画を面白くする」目的もあった
島が出世すればするほど作者には困った問題が生まれました。
管理職になると、自分で現場を走り回る仕事が少なくなってしまうからです。
部下へ指示を出すだけでは、漫画として動きのある物語を作りにくくなります。
そこで弘兼氏は、部長になった島をワイン会社やレコード会社へ出向させました。
作中では会社の人事ですが、作者側から見ると「島をもう一度現場へ戻す」という役割もあったのです。
島の転勤や出向には、物語を動かすための仕掛けも隠されています。
『島耕作』は団塊世代の「もう一つの日本史」?
『島耕作』をめぐっては、現実の日本とは少し違う「団塊世代の理想の歴史」を描いた作品ではないかという見方もできます。
島は1947年生まれで、バブル景気とその崩壊、海外企業の成長、日本の電機メーカーの苦戦などを現実と同じ時間の中で経験しています。
その一方で島自身は多くの危機を乗り越え、巨大企業のトップへ上り詰めました。
もちろん弘兼氏が「歴史改変作品として描いている」と発表した事実はありません。
しかし弘兼氏自身、『島耕作』を「サラリーマンにとってのおとぎ話」と表現したことがあります。
現実の企業社会を細かく描きながら、その中を理想的な会社員が駆け上がっていくところが『島耕作』最大の魅力なのかもしれません。
島耕作シリーズの裏設定まとめ
『島耕作』シリーズは、単純な出世物語として最初から計画されていた作品ではありません。
一話限りのオフィスラブから始まり、人気が出たことで仕事漫画へ変わり、現実の日本社会と一緒に成長してきました。
さらに島耕作自身も、弘兼憲史氏が歩まなかった「会社員としてのもう一つの人生」という意味を持っています。
初芝電器には松下電器での実体験が入り、島の出世には弘兼氏の友人たちの人生が反映され、恋愛にも作者が決めた細かなルールがありました。
現実の経済ニュースと作品の出来事が何度も重なるのも、長年にわたり現実の企業を調べ続けてきたからこそでしょう。
そう考えると『島耕作』は、架空のサラリーマンの人生であると同時に、1980年代から続く日本企業の歴史を別の角度から記録した作品ともいえそうです。

仕事、出世、恋愛、人間関係…会社員として生きる島耕作の姿をリアルに描いた、弘兼憲史氏の代表作『課長 島耕作』。
企業社会の駆け引きや時代の空気、大人の人間ドラマが詰まっており、今読んでも引き込まれる魅力があります。
シリーズの原点をじっくり楽しめる、新装版全17巻セットです。





















