ちばあきお氏の『キャプテン』は、天才選手や派手な必殺技ではなく、ごく普通の中学生たちの努力を描いた野球漫画です。
しかし、その素朴な作品の裏側には、意外な制作秘話が数多く残されています。
谷口タカオの名前の由来、ごま塩頭になった理由、別の漫画家が描いたページ、そして実現しなかった続編など、本編だけでは分からない話を中心に紹介します。
また、ファンの間で有名な説についても、公式側の証言と分けながら見ていきます。

努力が才能に勝る、ちばあきお氏の名作野球漫画『キャプテン』。
谷口、丸井、イガラシ、近藤へと受け継がれていくキャプテンの物語には、仲間との絆や努力することの大切さが詰まっています。
世代を超えて読み継がれる名作をじっくり楽しめる、完全版全18巻セットです。
凡人がひたむきな努力で強者を倒すという新スタイルを確立

『キャプテン』が登場する以前にも、努力によって強敵へ立ち向かうスポ根漫画はありました。
代表的なのが『巨人の星』や『あしたのジョー』です。
しかし、こうした作品の主人公は努力家であると同時に、もともと人並み外れた才能を持っていました。
『巨人の星』の星飛雄馬は魔球を生み出し、『あしたのジョー』の矢吹丈も天性のパンチ力や反射神経を持っています。
それに対して、『キャプテン』の谷口タカオには特別な才能も素質もありません。
名門・青葉学院にいたものの、実際には二軍の中でも目立たない補欠の存在。
転校先の墨谷二中も全国大会の常連ではなく、ごく普通の野球部でした。
墨谷二中の部員たちは、名門校から来た谷口を「すごい選手に違いない」と思い込みます。
谷口は自分が二軍の補欠だったことをなかなか言い出せず、周囲の期待に応えようとして、人一倍練習を重ねることに。
そして谷口の姿に影響された仲間たちも練習するようになり、弱かった墨谷二中は少しずつ強くなっていきます。
やがてキャプテン谷口の率いる墨谷二中は、谷口がかつて二軍の補欠だった『名門・青葉学院』を破るまでに成長するのです。
1972年に連載が始まった『キャプテン』について、後年の50周年特集でも、魔球などが登場する野球漫画が人気だった時代に「実直に努力を続ける中学生」を描き、スポーツ漫画の新しいスタイルを確立した作品と紹介されています。
初代担当編集者も、『キャプテン』には「派手な魔球」や「すごい才能を持った天才」が登場せず、普通の少年たちが努力していくことが特徴だったと振り返っています。
つまり『キャプテン』は、「努力する天才」が強敵を倒す従来のスポ根ではなく、「努力する普通の子」が強者に追いつき、ついには追い越すという物語を先駆けた作品ともいえます。
現在では少年漫画の王道となった「才能ではかなわなくても、努力を積み重ねれば強者に勝てる」という物語。
その原型を考えるうえで、『キャプテン』は非常に重要な位置にある作品なのです。
谷口タカオの名前は初代担当編集者が由来
初代キャプテンである谷口タカオの名前は、『キャプテン』の初代担当編集者だった谷口忠男氏に由来します。
そのため、「谷口タカオは谷口忠男氏をモデルにした人物」と紹介されることがあります。
ところが、谷口忠男氏本人によると、ちばあきお氏は人物像について「中身は正反対」と話していたそうです。
つまり、名前は担当編集者が由来ですが、努力家でおとなしい谷口タカオの性格までモデルにしたわけではありません。
ただし『プレイボール』で谷口が先輩の送別会で披露する踊りについては、谷口忠男氏がモデルだったと明かされています。
『キャプテン』は読み切り漫画から偶然始まった
『キャプテン』は、最初から長期連載として考えられていた作品ではありません。
原型となったのは、1972年に発表された『がんばらなくっちゃ』という読み切り野球漫画です。
当初は45ページほどの読み切りになる予定でした。
ところが、ちばあきお氏が風呂場で転んでケガをしたため、一度に完成させることが難しくなり、前後編として掲載されることになります。
この作品の評判が非常によかったため、編集部から「連載にしよう」という話が持ち上がりました。
担当編集者の谷口忠男氏は、ちばあきお氏の執筆速度を考えて「連載は無理」と考えていたそうです。
しかし「前後編で2か月描けたのだから大丈夫だろう」と押し切られ、『キャプテン』というタイトルで連載が始まりました。
後に長期シリーズとなる作品が、最初は読み切りだったのです。
原型作品には別の漫画家が描いた3ページがある
『がんばらなくっちゃ』には、さらに驚く裏話があります。
担当編集者の谷口忠男氏がページ数を勘違いしてしまい、完成直前になって3ページ足りないことが判明しました。
しかも、ちょうどその時期にちばあきお氏がケガをしており、追加分を描くことができませんでした。
そこで急きょ、別の漫画家に3ページを描いてもらったそうです。
そのため、実際の作品を見ると一部分だけ絵柄が明らかに違います。
普通なら単行本になる際に描き直しそうですが、ちばあきお氏はその部分を直そうとしませんでした。
谷口忠男氏は、助けてくれた漫画家の仕事を大切にしたかったのではないかと振り返っています。
作品だけを読んでいても、まず気づけない制作秘話です。
谷口は地味すぎて編集長から変更を求められた

今では谷口の普通っぽさこそ『キャプテン』最大の魅力ですが、連載当初は編集部から心配されていました。
理由は、主人公なのにあまりにも目立たなかったからです。
当時の編集長からは、谷口だけウインドブレーカーを着せて、ほかの選手と見分けやすくするよう求められたこともありました。
しかし、野球部の中で谷口だけ違う服を着ているのは不自然です。
そこで、ちばあきお氏側が考えた別の方法がありました。
それが「ごま塩頭」です。
谷口の髪は、ほかの登場人物のように真っ黒ではなく、独特な「ごま塩頭」で描かれているのです。
実はこれも、編集部から「主人公をもっと目立たせてほしい」と言われたことがきっかけでした。
谷口だけ違う服を着せる代わりに、髪をベタ塗りせず、ごま塩のような頭にすることで見分けやすくしたのです。
ところが連載が人気になると、編集部から細かな注文をされることもなくなりました。
結果として、苦肉の策だった髪型が谷口を象徴するデザインとして定着することになります。
魔球が出ないのはスポ根漫画への反発ではなかった
『キャプテン』が連載された時代には、『巨人の星』をはじめ、派手な必殺技や超人的な選手が登場するスポーツ漫画が人気でした。
それに対して『キャプテン』では、魔球を投げる選手も、最初から何でもできる天才もほとんど登場しません。
そのため、「当時のスポ根漫画への反発として作られた作品なのではないか」という見方があります。
しかし、初代担当編集者の谷口忠男氏は、この説を否定しています。
スポ根に反抗しようという意識は「まったくなかった」と振り返っているのです。
ちばあきお氏自身が穏やかな人物で、身近な普通の少年たちを見る目を持っていたため、自然にあの作風になったと説明されています。
狙ってリアルな作品にしたのではなく、作者の人柄そのものが『キャプテン』の世界を作ったともいえそうです。
ちばあきお氏が好きだったキャプテンはイガラシ
『キャプテン』を代表する人物といえば、やはり谷口を思い浮かべる読者が多いでしょう。
ところが、ちばあきお氏自身が気に入っていた人物はイガラシだったそうです。
初代担当編集者の谷口忠男氏によると、作者はイガラシのような強いリーダーシップを持つ人物に憧れていたのではないかといいます。
谷口は努力によって仲間を動かし、丸井は感情を前面に出し、イガラシは冷静にチーム全体を考えます。
作者自身とは少し違うタイプだったからこそ、イガラシに魅力を感じていたのかもしれません。
そば屋の親父にまで細かな設定資料があった
『キャプテン』では、中心人物だけではなく、名前も目立たないような脇役まで妙に人間らしく描かれています。
これには理由がありました。
谷口忠男氏によると、キャラクター設定は基本的にちばあきお氏が作っており、そば屋の親父のような脇役についても細かなスケッチや設定を用意していたそうです。
一方、物語については弟で漫画原作者の七三太朗氏と相談することもありました。
ほんの少ししか登場しない人物まで作り込んでいたからこそ、『キャプテン』の町には本当に人が暮らしているような生活感が生まれていたのでしょう。
『プレイボール』は最初から野球漫画と決まっていなかった
『キャプテン』が人気になると、今度は週刊少年ジャンプでもちばあきお氏に作品を描いてもらおうという話が持ち上がりました。
そこで誕生したのが、谷口の高校時代を描く『プレイボール』です。
ところが最初から「谷口の高校野球編を描こう」と決まっていたわけではありません。
関係者の証言によると、当初は『キャプテン』とは別に、野球漫画ではない作品を描く案も考えられていました。
さまざまな案を検討した結果、「やはり谷口を高校でも描こう」という方向になり、『プレイボール』が誕生します。
つまり『プレイボール』自体が、『キャプテン』の人気から生まれた企画だったのです。
『キャプテン』と『プレイボール』を同時に描いていた
ちばあきお氏は、月刊少年ジャンプで『キャプテン』を描きながら、週刊少年ジャンプでは『プレイボール』を連載していました。
同じ野球漫画を、週刊と月刊で同時に描いていたことになります。
初代担当編集者の谷口忠男氏は、後に「一番苦しんだのは2本を同時にやったことだった」と振り返っています。
もともと『キャプテン』だけでも非常に細かな作画を行っていたため、負担はかなり大きかったようです。
谷口忠男氏は後年、「今でもやらせなければよかったと思う」とまで語っています。
作品の中では谷口たちが限界まで練習を続けますが、その裏では作者自身も非常に厳しい制作生活を送っていました。
ちばあきお氏は完成原稿まで何度も直していた
ちばあきお氏の仕事ぶりは、作中の谷口を思わせるほど真面目だったそうです。
完成後の見本が届いたあとでも赤鉛筆で修正を入れ、締め切りを過ぎているにもかかわらず、小さな人物の動きまで何度も描き直していました。
酒の席で頼まれたサインでさえ、いきなりペンで描かず、まず鉛筆で下書きをしていたという逸話も残っています。
初代担当編集者が「まじめすぎる」と振り返るほど、細部に妥協しない漫画家だったのです。
普通の少年たちが地道な反復練習を続ける『キャプテン』の世界には、作者自身の仕事に対する姿勢も重なって見えます。
近藤の怪力にはファンの間で都市伝説がある
歴代キャプテンの中でも、近藤は明らかに体格が大きく、強い球を投げる長距離打者として描かれています。
そのためファンの間では、「近藤だけ能力が中学生の範囲を超えているのではないか」と昔から話題にされてきました。
打球の威力や飛距離から、「本気で打ったら野手が捕れないのではないか」「バットを折れるほど力があるのではないか」といった話まであります。
ただし、近藤に特殊な怪力があるという公式設定が発表されているわけではありません。
あくまで、大柄で力の強い少年を少し大げさに描いた結果、生まれたファンの間の都市伝説と考えた方がよいでしょう。
魔球や超能力が存在しない作品だからこそ、近藤の豪快さがより強く見えるのかもしれません。
近藤編は本当の最終章として描かれたわけではない
『キャプテン』は、近藤がキャプテンを務めている途中で連載を終えます。
そのため、「近藤編は予定通りの最終章だった」と思っている読者もいるかもしれません。
しかし、ちばあきお氏自身は連載終了時に、近藤についてまだ十分に描き切っていないという趣旨の言葉を残しています。
さらに、新たにキャプテンとして描きたい人物が自分の中で育ったら、「この続きを描いてみたい」とも語っていました。
つまり、作者の頭の中では「近藤で墨谷二中の物語は完全に終了」というわけではなかったのです。
もし連載が続いていたなら、近藤の次に5代目キャプテンが誕生していた可能性があります。
ただし、その人物が誰だったのかは公式には明らかにされていません。
ちばてつや氏が続きを描こうとしたことがある
ちばあきお氏が亡くなったあと、『キャプテン』『プレイボール』をどうするかについては何度も話が出ていました。
驚くことに、兄で『あしたのジョー』などを手がけた漫画家・ちばてつや氏自身が、続きを描こうとしたこともあったそうです。
しかし実際に考えてみると、ちばあきお氏独特の「味のある絵」を自分では再現できないと判断しました。
ちばてつや氏自身の絵はすでにリアルな方向へ進んでいたため、最終的には断念しています。
日本を代表する漫画家である兄でさえ、「同じようには描けない」と感じたところに、ちばあきお氏独特の作風が表れています。
別の漫画家による『キャプテン』続編も一度は計画されていた
ちばあきお氏が亡くなったあとには、別の漫画家に『キャプテン』を描いてもらい、物語を続ける構想も存在していました。
しかし、当時は家族の意向もあり、実現しませんでした。
また、追悼企画として『その後の谷口くん』という作品も作られています。
ただし初代担当編集者の谷口忠男氏は、これはちばあきお氏が考えていた未来をそのまま作品にしたものではなく、周囲の人々が「その後はこうなったのではないか」と推測して描いた作品だと説明しています。
そのため、『その後の谷口くん』を「作者が決めていた谷口の公式な未来」と考えるのは少し違います。
そして時代が大きく進んだ2019年、コージィ城倉氏による正式な続編『キャプテン2』がついに始まりました。
一度は実現しなかった「別の漫画家による続編」が、約40年を経て現実になったことになります。
墨谷二中には実在校モデル説がある
最後は、ファンの間で長く語られている舞台の都市伝説です。
墨谷二中のモデルについては、東京都墨田区にある吾嬬第二中学校ではないかという説があります。
根拠としてよく挙げられるのが、作品に登場する荒川との位置関係や、墨谷二中の校歌です。
舞台となる下町の雰囲気にも共通点があり、「墨谷」という名前そのものも墨田区を連想させます。
そのため吾嬬第二中学校モデル説はかなり有名になりました。
ただし、ちばあきお氏本人が「墨谷二中は吾嬬第二中学校がモデルです」と明言した一次資料までは確認できません。
そのため、現時点では公式設定ではなく、有力なモデル説なのです。
キャプテンの裏設定まとめ
『キャプテン』は、派手な秘密設定を隠した作品ではありません。
むしろ面白いのは、「なぜあれほど普通の少年たちをリアルに描けたのか」という制作の裏側です。
谷口の名前やごま塩頭には編集者とのやり取りがあり、原型作品には別の漫画家が描いたページまで残されています。
魔球を出さなかったことにも特別な反スポ根思想があったわけではなく、ちばあきお氏自身の穏やかな人柄が作品にそのまま表れていました。
さらに、近藤編の先には作者が考えていたかもしれない新しいキャプテンの物語があり、一度は消えた続編構想も約40年後に『キャプテン2』として実現しています。
何十年たっても読み継がれている理由は、谷口だけではなく、丸井、イガラシ、近藤へと受け継がれていく「普通の人が努力する物語」にあるのかもしれません。

努力が才能に勝る、ちばあきお氏の名作野球漫画『キャプテン』。
谷口、丸井、イガラシ、近藤へと受け継がれていくキャプテンの物語には、仲間との絆や努力することの大切さが詰まっています。
世代を超えて読み継がれる名作をじっくり楽しめる、完全版全18巻セットです。





















