『魔女の宅急便』は、角野栄子氏の児童文学を原作に、宮﨑駿氏が映画化した作品です。
一見すると、13歳の魔女キキが新しい町で成長していく物語ですが、映画だけでは説明されていない設定が数多くあります。
さらに原作は映画の先まで続いており、大人になったキキやトンボ、ジジのその後まで描かれています。
今回は、公式に明かされた制作裏話から、有名な都市伝説とその真相まで、『魔女の宅急便』の意外な裏設定を紹介します。

新しい街でひとり立ちする少女・キキの成長を描いた、スタジオジブリの名作『魔女の宅急便』。
空を飛ぶ爽快なシーンや心あたたまる出会い、何度観ても元気をもらえる物語が魅力です。
子どもから大人まで楽しめる、手元に置いて繰り返し観たくなるDVDです。
キキが飛べなくなった理由

キキが急に空を飛べなくなったのは、魔法がなくなったからではありません。
知らない町で仕事を始めたキキは、失敗したり、嫌なことを言われたりして、少しずつ自信をなくしていました。
たとえば、自転車に乗れる人でも「転んだらどうしよう」と考えすぎると、いつものように乗れなくなることがあります。
キキの魔法もそれと同じで、今まで何も考えずにできていたことが、自信をなくしたことで急にできなくなってしまったと考えられます。
ウルスラが「急に絵が描けなくなることがある」と話しているのも、同じ意味です。
好きなことや得意なことでも、疲れたり悩んだりすると、一時的にうまくできなくなることがあります。
キキが飛べなくなった場面は、そんな「心のスランプ」を表しているのです。
なお、「大人になる体の変化が原因ではないか」という有名な説もありますが、これは公式に決まっている設定ではありません。
ジジが話せなくなった本当の理由
映画終盤、キキは再び空を飛べるようになります。
ところが、それまで人間の言葉で会話していたジジは「ニャー」と鳴くだけで、最後まで言葉を話しません。
これはキキの魔法が完全に戻らなかったという意味ではありません。
鈴木敏夫氏によると、ジジは単なるペットではなく「もう一人のキキ」のような存在です。
ジジとの会話は、言い換えればキキが自分自身と話していたということになります。
コリコの町で友人や居場所を見つけ、自分の力で生きられるようになったキキには、もう分身としてのジジが必要なくなりました。
そのため、キキにはジジが普通の猫として感じられるようになったのです。
なお、角野栄子氏の原作では映画版とは設定が異なり、ジジとの会話は続いています。
つまり「ジジが話せなくなる」という展開そのものが、キキの自立を強く見せるために映画版で作られた表現なのです。
キキとウルスラが同じ声なのには意味があった
キキと森に住む絵描きの少女ウルスラは、どちらも高山みなみさんが演じています。
単なる一人二役だと思われがちですが、ここには作品全体につながる考え方がありました。
日本テレビの公式解説によると、映画に登場する女性たちは、それぞれ違う年代の女性を表しています。
13歳のキキが成長すると18歳のウルスラになり、26歳のおソノさん、37歳の母コキリ、そして70歳の老婦人へと続いていくイメージです。
つまり「ウルスラ=未来から来たキキ」という設定ではありませんが、精神的には少し先を生きるキキの姿として配置されているのです。
この発想から、キキとウルスラを同じ高山みなみさんが演じるアイデアも生まれたとされています。
宮﨑駿氏は「ウルスラも魔女」だと考えていた
ウルスラは魔法を使いません。
森の中で絵を描いている普通の少女に見えます。
ところが宮﨑駿氏は、ウルスラについて「あの絵描きのお姉さんも魔女だと思う」という趣旨の発言をしています。
もちろん、キキのようにほうきで空を飛ぶ魔女という意味ではありません。
カラスと心を通わせ、キキを森へ連れて行き、自信を失ったキキの心を再び動かしていく。
宮﨑氏は、そんな人を引きつける不思議な力を「魔女」のようなものとして考えていたようです。
この作品における「魔法」は、超自然的な能力だけを意味しているわけではないのかもしれません。
キキの黒い服は「もっとも粗末な服」という意味
キキは黒い魔女服をあまり気に入っていません。
町のおしゃれな少女たちを見て、自分の服を気にする場面もあります。
宮﨑駿氏によると、この黒い服には「昔から魔女が着る服だから」という以上の意味がありました。
宮﨑氏は、黒い服を「もっとも粗末な服」と考えています。
着飾ることなく、ありのままの自分だけで知らない世界へ行き、自分の居場所を見つける。
それこそが魔女の修業だという考えです。
キキの地味な黒い服は、実は作品のテーマそのものを表していました。
原作でキキが使える本当の魔法は一つだけ
魔女と聞くと、さまざまな魔法を使える人物を想像します。
しかし角野栄子氏は、『魔女の宅急便』を書く際に「キキの本当の魔法は一つだけ」と最初から決めていました。
その一つが「ほうきで空を飛ぶこと」です。
何でも魔法で解決できてしまうと、物語が簡単になりすぎてしまいます。
使える力が一つしかないからこそ、困ったときに考えたり工夫したりする必要が生まれるというのが角野氏の考えでした。
第2巻では薬草を育てて薬を作るようになりますが、角野氏はそれについても本当の魔法ではなく、キキの魔法はあくまで「飛ぶことだけ」と説明しています。
原作ではキキがトンボと結婚して35歳になる

映画では、キキとトンボがようやく仲良くなり始めたところで物語が終わります。
しかし原作シリーズは、その先も長く続いています。
やがてキキとトンボは結婚します。
二人の間には、ニニという女の子とトトという男の子の双子も誕生しました。
そしてシリーズ最終巻では、13歳だったキキが35歳の母親になっています。
映画で描かれた出来事は、キキの長い人生のほんの始まりにすぎなかったのです。
魔女になりたい息子トトは「男だからなれない」の?
キキの双子は、母親から魔女の血を受け継いでいます。
ところが、魔女になることを期待されている娘ニニは、あまり魔女に興味を持ちません。
逆に強く興味を持つのが、弟のトトです。
しかしトトは男の子なので、魔女になることができません。
実は角野栄子氏は、シリーズを書きながら「なぜ男の子は魔女になれないのか」という疑問を持っていました。
その疑問を描くため、キキに男女の双子を誕生させたと明かしています。
キキの子どもたちは単なる後日談ではなく、シリーズ開始時から作者の中にあった疑問へ答える存在でもあったのです。
では、角野栄子氏が抱いた「なぜ男の子は魔女になれないのか」という疑問には、どんな答えが出たのでしょうか。
トトはキキのように、ほうきに乗って空を飛ぶ魔女にはなれません。
しかし角野氏は、トトについて「彼も魔法は持っている」という考えを明かしています。
トトは空を飛ぶことはできなくても、自分が進むべき方向を感じ取り、一人で汽車に乗って旅立っていきます。
つまり『魔女の宅急便』でいう「魔法」は、ほうきで空を飛ぶ力だけではありません。
絵を描くことが得意な人、パンを焼くことが得意な人、自分の道を見つけて進める人など、それぞれが持っている「その人だけの力」も魔法だと考えられるのです。
「男の子だから魔女にはなれない。でも男の子にも”その人だけの魔法”がある」
それが、角野氏がトトを通して出した一つの答えなのです。
「宅急便」がヤマト運輸の商標だと作者は知らなかった
現在では有名な話ですが、「宅急便」はヤマト運輸の登録商標です。
ところが角野栄子氏は、それを知らずに『魔女の宅急便』という題名を付けていました。
しかも、そのまま約1年間連載しています。
後から商標だと分かりましたが、角野氏は長く使ってきた題名を変えたくありませんでした。
出版社が弁護士に相談したところ、「魔女の」という言葉が付いているため問題ないという判断になり、現在の題名が残ることになります。
さらに面白いことに、映画化された際には商標を持つヤマト運輸がスポンサーとして参加しました。
黒猫のジジが登場する『魔女の宅急便』と「クロネコヤマト」がつながったのは、最初から計画されていたわけではなかったのです。
物語誕生のきっかけは12歳の娘が描いた魔女
『魔女の宅急便』の原点は、角野栄子氏の娘が描いた一枚の絵でした。
娘が12歳のころ、ほうきに乗り、後ろに黒猫を乗せ、ラジオをぶら下げて飛ぶ魔女の絵を描きます。
それを見た角野氏は「この魔女の物語を書こう」と考えました。
さらに大学時代に雑誌『LIFE』で見た、空から撮影されたニューヨークの写真の記憶が重なります。
「空を飛ぶ少女の目から町を見たら面白いのではないか」という発想から、キキの物語が生まれていきました。
キキと同じくらいの年齢だった娘の姿が、13歳という設定にもつながっています。
有名なニシンのパイは原作には登場しない
『魔女の宅急便』で特に印象的なのが、老婦人が孫のために作る「ニシンとカボチャのつつみ焼き」です。
雨の中をキキが届けますが、孫娘から冷たく「このパイきらいなのよね」と言われてしまいます。
実は、このエピソードは角野栄子氏の原作にはありません。
角野氏自身も、読者からニシンのパイの作り方を聞かれることがあるものの、「原作で書いていない」と明かしています。
映画を初めて見た際には、原作との違いに「あれ?」と感じた部分もあったそうです。
現在では作品を代表する場面になっていますが、宮﨑駿氏が映画のために作り上げたエピソードだったのです。
飛行船からトンボを救うラストは後から追加された
映画最大の見せ場は、暴走する飛行船からぶら下がったトンボを、キキがデッキブラシに乗って助けに向かう場面です。
実は当初、このクライマックスはありませんでした。
宮﨑駿氏は、老婦人からキキがケーキを贈られ、思わず涙ぐむ場面付近で物語を終える予定だったとされています。
しかし鈴木敏夫氏が、観客が楽しめる大きな見せ場が必要だと考え、飛行船事故の場面が加えられました。
現在では欠かせないラストシーンですが、制作のかなり後になって生まれた展開だったのです。
宮﨑駿氏は最初から監督だったわけではない
現在では代表的な宮﨑駿監督作品として知られていますが、企画当初、宮﨑氏は監督を務める予定ではありませんでした。
宮﨑氏はプロデュース側に回り、若い監督に作品を任せる計画だったのです。
初期には佐藤順一氏、その後は後に『この世界の片隅に』を手掛ける片渕須直氏が監督候補となりました。
片渕氏は実際にロケハンやキャラクター作りにも参加しています。
しかし企画が進む中で体制が変わり、最終的には宮﨑氏自身が脚本と監督を担当することになりました。
もし最初の計画通りに制作されていたら、現在とはまったく違う『魔女の宅急便』になっていた可能性があります。
コリコの町には一つのモデル都市が存在しない
キキが暮らす美しい海辺の町コリコについて、「実在するどの町がモデルなのか」と長年話題になっています。
スタジオジブリ公式によると、大いに参考にした場所はスウェーデンのストックホルムと、ゴトランド島のヴィスビーです。
ただし、どちらか一方がそのままコリコになったわけではありません。
美術担当の大野広司氏も、北ヨーロッパのどこかにある町というイメージで、特定の場所ではないと説明しています。
実在する町の風景を取り入れながら、さまざまな要素を組み合わせて作られた架空の町なのです。
映画の中には「STUDIO GHIBLI」と宮﨑駿氏が隠れている
本編には、スタッフの遊び心による小さな仕掛けも隠されています。
キキがコリコへ到着し、道路でバスとぶつかりそうになる場面をよく見ると、バスの車体に「STUDIO GHIBLI」と書かれています。
さらに終盤、デッキブラシを貸した老人が「あのデッキブラシはわしが貸したんだぞ!」と話している場面にも秘密があります。
画面右上にいる眼鏡の男性が、当時の宮﨑駿氏にそっくりなのです。
作品のパンフレットでも紹介されており、宮﨑氏本人が指示したというより、アニメーターがこっそり描いた可能性があるとされています。
魔女の宅急便の裏設定まとめ

『魔女の宅急便』は魔法の物語でありながら、宮﨑駿氏が映画版で描こうとしたのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
ジジとの会話がなくなること、空を飛べなくなること、仕事で嫌な経験をすることなど、キキが経験する出来事の多くは「一人で生きていくこと」とつながっています。
一方、角野栄子氏の原作では物語はさらに先へ進み、キキはトンボと家庭を築き、自分の子どもの旅立ちを見守る立場になります。
映画だけを見ると13歳の少女の成長物語ですが、原作まで含めると、一人の女性が少女から母親になるまでを描いた長い物語だったのです。

新しい街でひとり立ちする少女・キキの成長を描いた、スタジオジブリの名作『魔女の宅急便』。
空を飛ぶ爽快なシーンや心あたたまる出会い、何度観ても元気をもらえる物語が魅力です。
子どもから大人まで楽しめる、手元に置いて繰り返し観たくなるDVDです。





















