『ゲゲゲの鬼太郎』といえば、妖怪から人間を守る鬼太郎と、目玉おやじやねこ娘などの仲間たちが活躍する作品として知られています。
しかし、現在当たり前だと思われている設定の中には、長い歴史の中で変更されたものも少なくありません。
現在の鬼太郎とはまったく性格が違う初期版や、何度も描き直された誕生の秘密など、漫画を読んでいるだけでは気づきにくい裏話も存在します。
『ゲゲゲの鬼太郎』に隠された意外な設定や制作秘話を紹介します。

日本の妖怪漫画の原点ともいえる、水木しげる氏の名作『ゲゲゲの鬼太郎』。
鬼太郎や目玉おやじ、ねずみ男など個性豊かな妖怪たちが登場し、不思議で少し怖く、どこか温かい物語が楽しめます。
アニメでは描かれない独特の世界観や、水木氏ならではの妖怪への考え方をじっくり味わえるのも原作の魅力です。
鬼太郎はもともと正義のヒーローではなかった

現在の鬼太郎には、人間を困らせる妖怪を退治する正義感の強いイメージがあります。
ところが、貸本漫画『墓場鬼太郎』時代の鬼太郎はかなり違う性格でした。
人間を無条件に守ろうとはせず、人間がひどい目に遭っていても冷静に眺めていることがあります。
タバコを吸うなど、現在の子ども向けヒーローからは想像しにくい描写も登場しました。
現在の鬼太郎像が大きく固まったのは、1968年のテレビアニメ化です。
東映アニメーションも、第1期では原作より親しみやすい「善」の性格へ変更され、人間に害を与える妖怪と戦う物語が中心になったと説明しています。
つまり「妖怪ヒーロー鬼太郎」は、テレビアニメ化によって強く作られたイメージだったのです。
鬼太郎には水木しげる氏より前の原型があった
鬼太郎は水木しげる氏が何もないところから突然生み出したキャラクターではありません。
戦前には、怪談「飴屋の幽霊」をもとにした紙芝居が存在しており、水木氏はそこからヒントを得たとされています。
1954年ごろ、水木氏は紙芝居『蛇人』に鬼太郎を初めて登場させました。
その後、紙芝居から貸本漫画へ活動の場を移し、1960年に『妖奇伝』で漫画版の「鬼太郎の誕生」を発表しています。
つまり現在の鬼太郎は、紙芝居時代から何度も姿を変えながら完成していったキャラクターなのです。
鬼太郎の誕生は4回も描き直されている
鬼太郎には「これが唯一の誕生物語」と呼べるものがありません。
水木しげる氏は1960年に描いた『妖奇伝』版をもとに、発表する媒体を変えながら「鬼太郎の誕生」をさらに3回描き直しています。
合計すると、代表的な誕生物語だけでも4種類あることになります。
基本となるのは、人類より古くから存在していた幽霊族の最後の子どもとして、埋葬された母親から鬼太郎が生まれてくる物語です。
父親も鬼太郎を心配するあまり、目玉だけの姿となって息子を見守るようになります。
水木しげる記念館では、この4種類を比較する企画展まで開催されました。
細かな設定が作品ごとに違うのは、水木氏自身が鬼太郎というキャラクターを何度も作り直していたためなのです。
鬼太郎が左目を失った理由は作品によって違う
鬼太郎といえば、左目を前髪で隠した姿が有名です。
ところが「なぜ左目がないのか」についても、作品によって設定が異なります。
初期の誕生物語では、鬼太郎は墓から現れた時点ですでに片目でした。
一方、貸本作品『おかしな奴』などでは、生まれた直後には両目があります。
鬼太郎を見て驚いた血液銀行の社員・水木が赤ん坊を投げ飛ばし、墓石の角に左目をぶつけたことで片目になってしまうという、かなり衝撃的な経緯へ変更されました。
2008年のアニメ『墓場鬼太郎』でも、この系統の誕生場面が使われています。
そのため「鬼太郎は生まれつき片目だった」という説明も、「事故で左目を失った」という説明も、作品によっては間違いではありません。
鬼太郎の誕生そのものが何度も描き直されていることが、この設定の違いを生んでいます。
目玉おやじは鬼太郎の左目ではない

有名な都市伝説に、
「目玉おやじは鬼太郎が失った左目」
というものがあります。
鬼太郎が左目を隠していることに加え、目玉おやじが鬼太郎の髪の中から顔を出すこともあるため、この説が広まったようです。
しかし、公式設定でははっきり否定できます。
目玉おやじは鬼太郎自身の目ではなく、鬼太郎の実の父親です。
もともとは普通の体を持つ幽霊族でしたが、重い病で亡くなったあと、まだ赤ん坊だった鬼太郎への強い思いから目玉だけの姿となって復活しました。
つまり「失った左目がお父さんになった」のではなく、「お父さんが目玉だけの姿になった」が正しい設定です。
なお、「目玉の中に脳をすべて移している」「茶碗風呂は眼球を乾燥させないため」といった説もインターネットでは見かけます。
しかし、確かな公式設定としては確認できません。
東映アニメーションでも、茶碗風呂については目玉おやじがさまざまな種類の風呂を楽しんでいるものとして紹介されています。
前身『墓場の鬼太郎』ではスポンサーが難色を示した

漫画のタイトルは、もともと『墓場の鬼太郎』でした。
ところがテレビアニメ化する際、「墓場」という言葉にスポンサー側が難色を示します。
縁起が悪い名前なのではないかと心配されたためです。
そこでテレビアニメでは『ゲゲゲの鬼太郎』へ改題され、漫画側のタイトルも『ゲゲゲの鬼太郎』へ変わっていきました。
現在では誰もが知る「ゲゲゲ」という言葉ですが、その誕生にはテレビ放送ならではの事情が関係していたのです。
「ゲゲゲ」は水木しげる氏自身のあだ名が由来
では、なぜ「ゲゲゲ」なのでしょうか。
実は妖怪の鳴き声ではありません。
水木しげる氏は幼いころ、自分の名前である「しげる」をうまく発音できず、「ゲゲる」のように言っていたとされています。
そこから周囲にも「ゲゲ」と呼ばれるようになり、「ゲゲゲ」という言葉につながりました。
つまり『ゲゲゲの鬼太郎』を直訳するように考えると、「しげるの鬼太郎」という意味にも取れます。
作品名そのものに作者の幼少期が隠れていたわけです。
あの主題歌はテレビアニメより先に作られていた
「ゲッ、ゲッ、ゲゲゲのゲ」というフレーズで知られる主題歌も、実はテレビアニメのために作られた曲ではありません。
1967年、アニメ第1期の放送が始まる前に、『少年マガジン』作品のイメージソングを集めたレコード企画がありました。
そこで水木しげる氏が作詞、いずみたく氏が作曲し、熊倉一雄氏が歌った曲が作られています。
当時の原作タイトルに合わせ、曲名も最初は『墓場の鬼太郎』でした。
その曲が完成度の高さからテレビアニメでも使われ、現在まで歌い継がれる代表曲になったのです。
実はアニメより先に、あのメロディーと歌詞が存在していました。
髪の毛針を使いすぎると本当にハゲる

鬼太郎を代表する技の一つが「髪の毛針」です。
名前だけ聞くと、妖力で針を作っているようにも思えます。
しかし、実際に飛ばしているのは鬼太郎自身の髪の毛です。
一本一本を硬くして相手へ発射するため、無限に撃てるわけではありません。
原作初期などでは、髪の毛針を使い切って鬼太郎が丸坊主になる姿まで描かれています。
髪は再び生えてきますが、それまでは重要な武器を一つ失った状態になります。
必ず弾切れがあるという、意外に現実的な必殺技なのです。
ねこ娘は最初から鬼太郎ファミリーではなかった
現在では目玉おやじやねずみ男と並ぶ代表的なキャラクターですが、原作のねこ娘は最初からレギュラーではありません。
原作では、悪さをしたねずみ男を懲らしめるため鬼太郎が呼んだ、一話限りのゲストに近い存在でした。
さらにルーツをたどると、水木しげる氏が1958年に発表した『怪奇猫娘』や、貸本版『墓場鬼太郎』に登場する「寝子」という少女にもつながっています。
寝子は魚やネズミを見ると猫のような姿へ変化してしまう美少女でした。
その後ねこ娘はアニメ第2期から鬼太郎ファミリーへ正式にレギュラー入りします。
さらに歴代アニメではデザインも大きく変化しました。
特に第6期では頭身が大きく伸び、モデルのような姿の美少女へと変更されています。
東映アニメーション自身も第6期のねこ娘を「きれいな外見」と紹介しており、50年間の変化がもっとも分かりやすいキャラクターかもしれません。
鬼太郎ファミリーの姿は水木しげる氏が作ったものが多い
ぬりかべ、子泣きじじい、砂かけばばあ、一反もめん。
現在では姿まで簡単に思い浮かべられる有名妖怪です。
ところが、昔から現在と同じ姿で描かれていたわけではありません。
水木しげる氏は柳田國男氏が集めた妖怪の記録などを参考に、各地に名前や話だけが残っていた妖怪を作品へ登場させました。
特に子泣きじじい、砂かけばばあ、一反もめん、ぬりかべなどは、伝承には登場するものの、はっきりした姿が残されていなかった妖怪です。
水木氏が独自の感覚で姿を与えたことで、現在よく知られている妖怪像が広まっていきました。
「昔からこの姿だった」と思っている妖怪が、実は水木しげる氏によって形を与えられていたケースもあるのです。
「呼子」のデザイン元は古い妖怪画ではなく郷土玩具
『ゲゲゲの鬼太郎』に登場する妖怪「呼子」は、一本足で傘をかぶったような独特の姿をしています。
古い妖怪画をそのまま漫画化したように見えますが、意外な元ネタがあります。
文化庁メディア芸術カレントコンテンツによると、水木しげる氏が描いた呼子の姿は、山梨県の郷土玩具作家・2代目道方令氏が作った「山彦」の人形がもとになっています。
山彦を描いた江戸時代の鳥山石燕氏の絵とは、まったく違う姿です。
水木氏は古い妖怪画だけではなく、民芸品や彫刻、写真など、さまざまなものから妖怪の姿を生み出していました。
古代から伝わる妖怪の姿に見えて、実は比較的新しい郷土玩具がモデルだったという面白い例です。
水木しげる氏は戦地で本当に「ぬりかべ」に遭ったと語っている
ぬりかべには、水木しげる氏自身の不思議な体験が関係しています。
若いころ戦地へ向かった水木氏は、夜のジャングルを一人で進んでいた際、突然どうしても前へ進めなくなったことがありました。
目には何も見えないのに、巨大な壁に行く手をふさがれているような感覚だったそうです。
仕方なくその場で休み、翌朝になって周囲を見ると、その先は崖になっていました。
水木氏は後に「あれはぬりかべだった」と考え、自分を危険から守ってくれた存在として語っています。
水木しげる記念館でも、この出来事を「戦争に行った水木さんが出会った妖怪」として紹介しています。
『ゲゲゲの鬼太郎』に登場する妖怪は、単なる空想の怪物として描かれているわけではありません。
古くから伝わる話、水木しげる氏が集めた資料、そして水木氏自身が体験した「説明できない何か」が混ざり合って生まれています。
鬼太郎自身も70年以上の歴史の中で何度も設定を変え、怖い存在から国民的な妖怪ヒーローへと成長しました。
同じ『ゲゲゲの鬼太郎』でも、貸本版、漫画版、歴代アニメを比べてみると、まるで別の作品のような違いが見えてきます。
長く愛されているからこそ、現在の設定だけでは分からない「もう一つの鬼太郎」が存在しているのです。
ゲゲゲの鬼太郎の裏設定まとめ
『ゲゲゲの鬼太郎』には、長い歴史があるからこそ生まれた数多くの裏設定があります。
鬼太郎の誕生や左目の秘密は作品によって少しずつ違い、現在では正義のヒーローとして知られる鬼太郎も、『墓場鬼太郎』のころは人間に対して冷めた態度を見せる、不気味な存在として描かれていました。
さらに、目玉おやじは鬼太郎の左目ではなく実の父親であることや、ねこ娘がもともと一話限りに近いキャラクターだったことなど、現在のイメージとは大きく違う設定もあります。
『ゲゲゲの鬼太郎』の面白さは、妖怪との戦いだけではありません。
水木しげる氏が集めた妖怪伝承や自身の体験、紙芝居や貸本漫画の時代から続く設定の変化を知ることで、鬼太郎の世界をさらに深く楽しめるのではないでしょうか。

日本の妖怪漫画の原点ともいえる、水木しげる氏の名作『ゲゲゲの鬼太郎』。
鬼太郎や目玉おやじ、ねずみ男など個性豊かな妖怪たちが登場し、不思議で少し怖く、どこか温かい物語が楽しめます。
アニメでは描かれない独特の世界観や、水木氏ならではの妖怪への考え方をじっくり味わえるのも原作の魅力です。





















