『SLAM DUNK(スラムダンク)』は、1990年から『週刊少年ジャンプ』で連載された井上雄彦氏の代表作です。
桜木花道や流川楓をはじめ、強烈な個性を持った登場人物が数多く登場しますが、実はすべての設定が最初から決まっていたわけではありません。
描いている途中で大きく役割が変わった人物もいれば、『SLAM DUNK』より前に別作品の主人公として存在していた人物もいます。
さらに、突然終わったようにも見える全国大会や、テレビアニメが全国大会を描かなかった理由についても、現在までさまざまな説が語られてきました。
ここでは、作品本編だけでは分かりにくい制作秘話や原型となった作品、有名な都市伝説の真相を紹介します。
三井寿はもともと「ただの不良」という役どころだった

今では湘北高校に欠かせないシューターとして知られる三井寿ですが、最初からバスケット部へ復帰する人物として作られていたわけではありません。
井上雄彦氏は対談集『漫画がはじまる』の中で、三井について当初はバスケットをする予定がなく、不良として登場させた人物だったことを明かしています。
ところが、体育館での騒動を描いていくうちに井上氏が三井へ感情移入するようになり、設定が大きく変わりました。
そこから中学時代のMVP、安西先生へのあこがれ、ケガをきっかけにバスケットから離れてしまった過去などが作られていったとされています。
つまり、三井の復帰までを描いた『SLAM DUNK』屈指の名場面は、連載開始前から完成していた物語ではありませんでした。
「あの人物を仲間にしよう」と作者が途中で考えを変えたことで、作品を代表する人気キャラクターが生まれたわけです。
流川楓は『SLAM DUNK』より先に主人公になっていた

桜木花道の最大のライバルである流川楓には、『SLAM DUNK』より古い歴史があります。
井上雄彦氏が1988年に漫画家デビューした作品が、読切漫画『楓パープル』です。
そして、この作品の主人公こそ流川楓でした。
集英社も井上氏のプロフィールで、第35回手塚賞入選作『楓パープル』がデビュー作だったことを紹介しています。
『楓パープル』の流川は、高いバスケットの能力を持つクールな高校生として描かれており、『SLAM DUNK』版の流川につながる部分がすでに見られます。
さらに、赤木や木暮など、後に『SLAM DUNK』へ受け継がれる名前の人物まで登場しました。
『SLAM DUNK』は、まったく何もない状態から生まれた作品ではありません。
流川を主人公とするバスケット漫画を描いた経験が、後の大ヒット作につながっていったと考えられます。
桜木花道にも「バスケをしない原型」が存在した
流川に『楓パープル』がある一方、桜木花道にも『SLAM DUNK』以前の姿があります。
1990年に発表された読切漫画『赤が好き』です。
この作品には、すでに桜木花道、水戸洋平、高宮望、大楠雄二、野間忠一郎といった桜木軍団につながる人物が登場していました。
ヒロインも「晴子」という名前ですが、『SLAM DUNK』の赤木晴子とは性格や設定が異なり、大咲晴子という人物になっています。
そして大きな違いは、桜木がバスケットと出会わないことです。
赤い髪で、ケンカが強く、好きになった女の子には弱いという桜木の基本的な性格はかなり完成しているものの、物語は恋愛や不良漫画に近い内容でした。
後に『楓パープル』から受け継がれたバスケットの世界と、『赤が好き』に登場した桜木たちが組み合わされることで、『SLAM DUNK』につながっていったと見ることができます。
もし桜木がバスケットと出会っていなければ、まったく別ジャンルの漫画の主人公になっていた可能性もあったのかもしれません。
宮城リョータがカタカナになった理由は桜木だった
湘北の主要メンバーを見ると、桜木花道、流川楓、赤木剛憲、三井寿と、基本的に名前は漢字です。
ところが、宮城だけは「リョータ」とカタカナになっています。
何か特別な意味がありそうですが、理由はかなり意外なものでした。
井上雄彦氏によると、桜木には人の名前を普通に呼ぶ場合、その名前をカタカナで表記するという描き方がありました。
そのため、桜木に「リョータ君」と呼ばせているうちに、宮城の正式な名前にも漢字を付けられなくなってしまったそうです。
つまり、「宮城リョータ」という少し変わった名前が先に完成していたわけではありません。
桜木のセリフから生まれ、そのまま正式名称になってしまったということになります。
何気ない漫画上の表現が、主要人物の名前そのものを決めてしまった珍しい例です。
宮城リョータの過去には幻の読切『ピアス』がつながっている
原作漫画では、湘北の主要メンバーの中でも宮城リョータの過去はあまり詳しく描かれませんでした。
その印象を大きく変えたのが、2022年公開の映画『THE FIRST SLAM DUNK』です。
映画では宮城を中心に物語が再構成され、沖縄で過ごした少年時代や家族、兄ソータを失った後に抱えていた思いなどが描かれました。
この物語には、井上雄彦氏が以前に発表していた読切漫画『ピアス』が関係しています。
集英社は公式に、『ピアス』が「映画の宮城リョータの物語の部分的下敷きになった作品」だと説明しています。
『ピアス』は1998年と2001年に雑誌へ掲載されたものの、長い間単行本には収録されていませんでした。
そのため、存在を知らない『SLAM DUNK』ファンも少なくありませんでした。
映画公開後には公式本『THE FIRST SLAM DUNK re』へ初めて収録されています。
連載終了後に描かれた短編のアイデアが、20年以上を経て映画版の宮城へつながったわけです。
三井寿の名前は日本酒から付けられていた
三井寿という名前にも、意外な元ネタがあります。
その由来は福岡県で造られている日本酒「三井の寿」です。
井上雄彦氏は『漫画がはじまる』の中で、三井の名前がお酒から来ていることを明かしています。
作品の人気が高まった後には、三井の湘北時代の背番号「14」を思わせるデザインの商品まで登場しました。
現在ではキャラクターの三井寿と日本酒の「三井の寿」が結び付けて紹介されることも多くなっています。
ただし注意したいのが、「三井の背番号14まで日本酒から決められた」という説です。
インターネットでは日本酒度の「+14」と三井の背番号を結び付けた話も見られますが、名前の由来と同じように作者が明言した設定として扱うのは慎重になった方がよいでしょう。
確実に確認できるのは、「三井寿」という名前自体に日本酒が関係しているという点です。
流川楓の名字には実在したバスケット選手の影響があった
流川楓という名前も、かなり独特です。
井上雄彦氏によると、「流川」という名字は実在する名字をそのまま使ったものではありません。
まず「川」という漢字を入れたいと考え、さらに珍しいラ行の音を使いたかったため、「るかわ」という読み方を思いついたそうです。
そこには、実在するバスケット選手の陸川章氏の名前を「かっこいい」と感じていたことも影響していると井上氏は語っています。
一方、「楓」という名前には特に深い意味はなかったとも話しています。
結果として生まれた「流川楓」という名前は非常に強い印象を残し、今では作品を知らない人でも聞いたことがあるほど有名になりました。
モデルとなった選手をそのまま登場させたという話ではなく、「名前の響き」に現実のバスケット界から受けた影響が残っているという裏話です。
桜木=ロッドマンなどのNBAモデル説は公式設定ではない

『SLAM DUNK』には、昔から「登場人物にはNBA選手のモデルがいる」という説があります。
特に有名なのが、桜木花道=デニス・ロッドマン、流川楓=マイケル・ジョーダン、赤木剛憲=パトリック・ユーイングといった説です。
桜木とロッドマンの場合、リバウンドを得意とする点や派手な髪、強烈な性格など、多くの共通点が挙げられてきました。
ただし、「このキャラクターはこのNBA選手が公式モデル」という対応表を井上雄彦氏が発表したわけではありません。
インターネット上ではモデルが確定しているかのように紹介される場合がありますが、外見やプレースタイルを比較したファンの考察がかなり含まれています。
『SLAM DUNK』にはNBAから影響を受けていると思われる描写やファッションが数多くあります。
それでも「似ている」と「公式モデルである」は別の話です。
モデル説は、公式設定としてではなく、有名なファン考察として楽しむのがよいでしょう。
山王工業戦で終わったのは突然の打ち切りではなかった
『SLAM DUNK』最大の謎として長年語られてきたのが、全国大会の途中で物語が終わった理由です。
湘北は絶対王者・山王工業との試合に勝利しますが、その後の試合はほとんど描かれず、物語は最終回を迎えました。
人気絶頂だった作品だけに、「編集部と井上雄彦氏が対立した」「突然打ち切られた」など、さまざまな噂も生まれています。
しかし、井上氏は後のインタビューで、インターハイの組み合わせを決めた時点ですでに山王戦を最後にすると考えていたことを明かしています。
山王戦を超える試合をその後に描いてしまえば、物語の頂点がぼやけてしまいます。
そこで、桜木と流川が初めて本当の意味で力を合わせる山王戦を最大の山場として、その熱が残っているところで作品を終える道が選ばれました。
そのため、ネットで語られている「突然打ち切られた作品」という見方は、作者本人の説明とは一致しません。
続きをあえて描かなかったこと自体が、『SLAM DUNK』という作品の完成形だったといえそうです。
旧テレビアニメが全国大会を描かなかった本当の理由は不明
1993年から放送されたテレビアニメ版『SLAM DUNK』にも、大きな謎があります。
原作では豊玉高校戦や山王工業戦まで描かれていますが、テレビアニメ版は全国大会へ向かうところで終了しました。
東映アニメーションの公式資料によると、テレビシリーズは1993年10月16日から1996年3月23日まで放送され、全101話となっています。
最終盤では原作にはない展開が追加され、湘北が翔陽・陵南の混成チームと試合を行います。
第101話「栄光のスラムダンク」で試合に勝ち、湘北が全国大会へ向かうところでテレビシリーズは終わりました。
では、なぜ豊玉戦や山王戦をアニメ化しなかったのでしょうか。
「原作に追いついた」「視聴率の問題」「作者との意見の違い」など、長年さまざまな説が語られています。
しかし、東映アニメーションなどの公式資料では、全国大会前に終了した明確な理由までは説明されていません。
そのため、「○○が原因で打ち切られた」と断定する情報には注意が必要です。
確実なのは、旧テレビアニメ版では全国大会本戦が描かれなかったという事実までとなります。
最終回の10日後を描いた公式の後日談が存在する
『SLAM DUNK』には、本編終了後の物語もわずかながら存在します。
2004年、単行本の国内発行部数1億冊突破を記念して行われたイベントで、井上雄彦氏が学校の黒板へ描いた『あれから10日後』です。
舞台となった学校の複数の黒板を使い、湘北だけでなく陵南、海南、翔陽、山王など、本編に登場した人物たちの10日後が描かれました。
湘北では、宮城が新キャプテンとしてチームをまとめようとしています。
三井は冬の大会へ向けてバスケットを続けています。
一方、赤木と木暮は大学受験へ向けた生活に入りました。
ところが赤木はバスケットへの未練が強く、勉強へ思うように集中できない姿まで描かれています。
本編では全国大会後の生活が詳しく描かれなかったため、この黒板漫画は井上氏自身が描いた貴重な後日談となっています。
「山王戦の先がまったく存在しない」というわけではありません。
ほんの10日後ではありますが、彼らが今までと同じように生活を続けている姿を見ることができます。
スラムダンクの裏設定まとめ
『SLAM DUNK』の登場人物は、すべてが最初から細かく設計されていたわけではありません。
三井寿のように、描いている途中で作者の気持ちが変わったことで重要人物になったキャラクターもいます。
一方、桜木花道や流川楓の原型は『SLAM DUNK』より前の読切作品ですでに作られていました。
宮城リョータについても、連載終了後に描かれた『ピアス』の要素が、長い年月を経て『THE FIRST SLAM DUNK』へ受け継がれています。
そして、長年「打ち切り」とも噂されてきた山王戦での終了も、井上雄彦氏が意図して選んだ結末でした。
『SLAM DUNK』は完成された作品に見えますが、その裏側を見ると、連載しながら人物が変化し、別作品のアイデアがつながり、後になって新しい背景が加えられてきたことが分かります。
こうした制作の流れを知ってから読み返すと、三井の復帰や桜木と流川の関係、宮城の物語も少し違って見えてくるのではないでしょうか。





















