『ベルセルク』は、三浦建太郎氏が描いたダークファンタジー作品です。
巨大な剣「ドラゴンごろし」を振るうガッツと、絶大なカリスマ性を持つグリフィス。
二人の出会いから鷹の団、黄金時代、蝕、そしてゴッド・ハンドとの因縁へと物語は広がっていきます。
あまりにも壮大な世界なので、
「第1話から最終回まで全部計算されていたのでは?」
と思ってしまいます。
ところが三浦氏のインタビューを調べると、実際の制作方法は少し違いました。
ガッツの過去より先に「黒い剣士」という外見が作られていたり、現在では欠かせないシールケが初期構想には存在していなかったりと、連載中に生まれた重要設定も少なくありません。
一方、物語最大の転換点となる「蝕」を考えたころには、親友の漫画家・森恒二氏と最終回までの大筋を作っていたことも分かっています。
今回は『ベルセルク』について、作者や公式発表から確認できる裏設定・制作秘話と、髑髏の騎士などにまつわる有名な考察を分けて紹介します。
ガッツは「過去」より先に黒い剣士として作られた

現在のガッツを見ると、
鷹の団との出会い。
グリフィスとの友情。
キャスカとの関係。
蝕。
そして黒い剣士となった理由。
すべてを考えてからキャラクターを作ったように見えます。
しかし順番は逆でした。
三浦氏によると、最初に作ったのは、
黒ずくめ。
怒っている。
大剣を持つ。
左腕に大砲を仕込んでいる。
という「黒い剣士ガッツ」のスタイルです。
当時はガッツがなぜそこまで怒っているのか、過去に何があったのかも、ほとんど決めていませんでした。
三浦氏はまず3~4巻程度を使って、
「黒い剣士ガッツとは何者なのか」
という強烈なキャラクター性を読者へ印象付けようとしました。
そして、その後になって、
「なぜガッツは復讐へ向かうのか?」
を考え始めます。
そこから生まれたのが黄金時代篇です。
つまり黄金時代篇は、最初から用意されていた前日譚というより、
「すでに存在する黒い剣士を説明するために作られた過去」
だったのです。
初期のガッツは日本刀を持ったアジア系の剣士だった
ガッツといえば、自分の身長ほどもある巨大な「ドラゴンごろし」が最大の特徴です。
ところが初期構想では、この武器すらありませんでした。
三浦氏は当初、
中世ヨーロッパのような世界。
そこを歩くアジア系の男性。
武器は日本刀。
左腕には隠し武器。
という主人公を考えていました。
しかし日本刀と隠し武器だけでは、主人公としてもうひとつ強烈な特徴が足りません。
そこで試行錯誤した末に生まれたのが、
ドラゴンごろし。
義手大砲。
という現在の組み合わせです。
三浦氏は、完全に現実離れした能力にはせず、
「ものすごく鍛えた人間なら、一度くらい振れるかもしれない」
と想像できるギリギリのところを狙ったと説明しています。
魔法で巨大な剣を軽々と振るのではありません。
ガッツ自身の異常な鍛錬によって、あり得ないほど巨大な剣を扱う。
この「現実と漫画の境界」が、ガッツという人物を作る重要な部分だったのです。
黄金時代篇には少女漫画から大きな影響を受けている
『ベルセルク』の影響元として有名なのが、
『北斗の拳』。
『マッドマックス』。
『グイン・サーガ』。
などです。
しかし黄金時代篇を作るとき、三浦氏はまったく違う方向の作品も参考にしました。
それが少女漫画です。
黒い剣士篇のまま進めると、『北斗の拳』のような作品と真正面から競うことになります。
そこで三浦氏は戦いそのものではなく、
友情。
嫉妬。
憧れ。
劣等感。
恋愛。
心のすれ違い。
など、人間同士の感情を深く描く方向へ進みました。
参考にした作品として本人が挙げているのが、
『ベルサイユのばら』
『風と木の詩』
などです。
だから黄金時代篇では、戦争そのもの以上に、
「ガッツはグリフィスをどう見ているのか」
「グリフィスにとってガッツとは何なのか」
という二人の心の距離が細かく描かれています。
『ベルセルク』の重厚な人間ドラマには、少年漫画だけではなく少女漫画の影響も強く入っていたのです。
ガッツとグリフィスには三浦建太郎氏と森恒二氏の関係が反映されている
黄金時代篇の鷹の団には、三浦氏自身の青春時代がかなり反映されています。
特に大きな存在が、漫画家の森恒二氏です。
三浦氏と森氏は若いころから漫画を描く仲間でした。
森氏は人を引きつける力が強く、三浦氏にとって、
憧れる。
負けたくない。
隣にいたい。
しかし同じ場所にいるのはつらい。
という非常に複雑な存在だったそうです。
三浦氏は、この関係がガッツとグリフィスのモデルになっていることを認めています。
ただし、
三浦氏=ガッツ。
森氏=グリフィス。
と単純に割り当てられるわけではありません。
三浦氏自身、
「自分がガッツのときもあればグリフィスのときもある」
という趣旨で説明しています。
二人の実体験をそのまま漫画へ移したのではなく、友情や競争心を分解してガッツとグリフィスへ与えたのです。
だからこそ二人の関係には、単純な友情とも敵対とも言えない妙なリアリティがあるのでしょう。
「蝕」を考えたころには最終回までの大筋が決まっていた
『ベルセルク』は最初からすべて計算されていた作品ではありません。
しかし最後まで何も決めずに描いていたわけでもありません。
大きな転換点となったのが「蝕」です。
森恒二氏によると、三浦氏から蝕について相談され、二人で約1週間にわたって『ベルセルク』について話し合いました。
最初は蝕の相談だったものが、
世界はどうなっているのか。
ガッツはどこへ向かうのか。
グリフィスはどうなるのか。
最終的に二人はどうなるのか。
と話が広がっていきます。
そして勢いのまま、
「最終回まで考えよう」
となったそうです。
つまり『ベルセルク』の制作は、
序盤では黒い剣士ガッツから物語を広げる。
黄金時代篇で人物関係を作る。
蝕を考える段階で最終地点までの大筋を固める。
という流れだったと考えると分かりやすいでしょう。
森氏によれば、そのとき作った大きな流れは、その後も大幅には変わっていないそうです。
狂戦士の甲冑は髑髏の騎士登場時から決められていたわけではない
狂戦士の甲冑は、ガッツを象徴する重要な装備です。
さらに以前の所有者を思わせる描写や髑髏の騎士との関係まであるため、
「髑髏の騎士を登場させた時点で全部考えていたのでは?」
と思ってしまいます。
しかし三浦氏によると、そうではありません。
三浦氏は長期連載をしていると、
「以前に置いたものの意味が、後になって分かる」
ことがあると説明しています。
狂戦士の甲冑についても、ガッツの内面に「闇の獣」が現れ始めたころ、
「この激しい衝動を戦闘中にどう表現すればいいのか」
と考えたことがきっかけでした。
そこで、
甲冑がガッツを覆う。
理性が抑え込まれる。
肉体の限界を無視して戦う。
という狂戦士の甲冑が形になっていきます。
つまり後から作った設定を、以前から存在していた髑髏の騎士などへつないだのです。
『ベルセルク』には、
最初から用意された伏線
と、
後から意味を与えられた伏線
の両方があります。
シールケは初期の最終構想には存在していなかった
現在のガッツ一行に欠かせない人物がシールケです。
魔術を使うだけでなく、狂戦士の甲冑に飲み込まれそうになるガッツを支える非常に重要な存在です。
ところが森恒二氏によると、三浦氏が20代のころに作った最終回までの構想には、
シールケは存在していませんでした。
シールケが必要になった大きな理由が、
グリフィス側が強くなりすぎたこと
だったそうです。
転生後のグリフィスには強力な新生鷹の団が集まります。
それに対してガッツ側にも、魔術や支援を担当する人物が必要になりました。
そこで後から誕生したのがシールケです。
さらに当初は、現在シールケが担っているようなガッツとの距離の近い役割を、ファルネーゼが持つ予定だったことも森氏が明かしています。
しかし実際に描いてみると、ファルネーゼとガッツは作者が予想したほど距離を縮めませんでした。
一方のシールケは自然にガッツへ近づいていきます。
キャラクターを計画通りに動かすのではなく、
「実際に描いてみて、この人物ならどう行動するか」
を優先した結果、物語そのものが変化していったのです。
キャスカの心の中を旅する展開も当初の構想とは違った
妖精島で描かれた重要なエピソードのひとつが、シールケとファルネーゼがキャスカの心の中へ入っていく場面です。
キャスカの記憶が独特な形で表現され、
壊れた人形。
巨大なガッツ。
黒い存在。
などが登場します。
この展開も、最初から決められていたものではありません。
森氏によると、当初はキャスカと直接交流しながら、妖精島やエルフの力を借りて少しずつ心を取り戻していく予定でした。
ところが三浦氏と森氏が「夢とは何か」という話をしたことから、
「キャスカの夢の中へ入る」
というアイデアへ変化します。
つまり最終的な目的は以前から決まっていても、
「そこへどうやって到達するか」
は連載中に変化していました。
『ベルセルク』が長い連載期間を経ても新しい表現を取り入れ続けたことが分かる裏話です。
単行本に収録されなかった幻のエピソードが存在する
『ベルセルク』には、雑誌には掲載されたものの単行本へ収録されなかった有名なエピソードがあります。
一般に「第83話」と呼ばれている回です。
そこではグリフィスが深淵に存在する巨大な意思と対話し、『ベルセルク』世界の根本にかなり近い情報が描かれました。
なぜ、これほど重要な回が単行本から外されたのでしょうか。
三浦氏本人が理由を説明しています。
この段階で「神」に相当する存在をはっきり描いてしまうと、
『ベルセルク』という世界の範囲を決めすぎてしまう
と考えたからです。
世界の答えを早い段階で確定させることで、その後の物語を自由に広げられなくなることを心配しました。
さらに三浦氏自身、その存在を今後もう一度登場させるかどうかについても、当時は決めていないと答えています。
そのため未収録回の内容を、
「現在の物語でも100%確定した設定」
として扱うのは避けたほうがよいでしょう。
作者自身が意図的に答えを保留した、非常に珍しいエピソードなのです。
現在の『ベルセルク』は別の作者が自由に続きを作っているわけではない
三浦建太郎氏が2021年に亡くなった後、『ベルセルク』がどのようになるのか大きな注目を集めました。
そして2022年、白泉社から連載再開が正式に発表されます。
現在の制作体制は、
原作・三浦建太郎。
漫画・スタジオ我画。
監修・森恒二。
です。
ここで重要なのが、
「新しい作者が自由に続きを考えているわけではない」
という点です。
三浦氏は生前、森氏だけでなく、スタジオスタッフや編集者にも今後の物語について話していました。
さらに構想メモやキャラクターデザインも見つかっています。
制作陣が掲げた基本方針は、
「三浦氏がそう言っていた」
ことから逸脱しないことです。
森氏も、自分が新しい展開を付け加えるのではなく、三浦氏から聞いた内容をスタジオ我画へ伝えることが自分の役割だと説明しています。
そのため現在の『ベルセルク』は、
「森恒二版ベルセルク」
ではありません。
三浦氏が残した構想を、知っている人たちが可能な限り形にしている作品なのです。
最後のエピソードと「最後の一コマ」まで制作側は把握している
さらに重要なのが、『ベルセルク』の最終地点です。
白泉社は連載再開時の発表で、
ラストエピソード。
最後の一コマ。
まで読者へ届けたいという考えを明らかにしています。
森氏も三浦氏から最終回までの物語を聞いていたと説明しています。
つまり、
「三浦氏が亡くなったため、結末が誰にも分からなくなった」
というわけではありません。
大きな結末は残されています。
ただし注意したいのは、
完成した最終回の原稿。
最終回までの完全なネーム。
がすべて残されているわけではないことです。
白泉社も、三浦氏本人が描いたものを完全に再現することは不可能だと明言しています。
そのため、
「結末そのものは分かっているが、そこへ至るすべての細かな表現まで残っているわけではない」
というのが正確でしょう。
有名な考察・都市伝説
【考察】髑髏の騎士の正体は覇王ガイゼリック?
『ベルセルク』最大級の謎のひとつが髑髏の騎士です。
そして正体について最も有力とされるのが、
「髑髏の騎士=覇王ガイゼリック」
という説です。
作中では約1000年前、大陸を統一した伝説の王ガイゼリックについて語られます。
一方、公式設定では髑髏の騎士も、
1000年もの間、ゴッド・ハンドや使徒と敵対している存在
とされています。
さらに、
過去の王を思わせる記憶。
ボイドとの長い因縁。
狂戦士の甲冑とのつながり。
1000年という時間。
など、二人を結び付ける材料は数多くあります。
そのため、
ガイゼリックが何らかの出来事を経て髑髏の騎士になった
という考察はかなり有力です。
しかし現時点で公式に、
「髑髏の騎士はガイゼリック本人」
と明言されたわけではありません。
限りなく近く見えるものの、まだ確定していない謎として扱うのが正確です。
【考察】ボイドはガイゼリックに幽閉された賢者だった?
髑髏の騎士=ガイゼリック説とセットで語られるのが、
「ボイド=1000年前の賢者」
という説です。
作中には、
ガイゼリックの時代。
王を批判した賢者。
幽閉された賢者が救いを求め続けた。
という古い伝承があります。
一方、現在のボイドは、
身体に残る特徴。
異様に変化した頭部。
髑髏の騎士との深い因縁。
など、過去に大きな出来事があったことを想像させる姿をしています。
そこから、
ガイゼリックと賢者。
ガッツとグリフィス。
という二つの関係が、1000年を隔てて似た構造になっているのではないかと考えられています。
もしこの説が正しければ、
髑髏の騎士とボイドの因縁は、ガッツとグリフィスよりはるか昔から続く「前の物語」ということになります。
非常に魅力的な説ですが、こちらも公式確定ではありません。
【考察】ガッツが持つベヘリットは本当にガッツのもの?
ガッツ一行には長い間、ひとつのベヘリットがあります。
パックが「ベッチー」と呼んでいるものです。
公式設定ではベヘリットについて、
「因果律によって選ばれし者の元に現れる」
不思議な物体と説明されています。
そこで生まれる疑問が、
「なぜベヘリットがずっとガッツのそばにあるのか?」
です。
最も単純な考察は、
「最後にはガッツが使うため」
というものです。
しかし別の考え方もできます。
ガッツはこれまで何度も極限まで追い詰められています。
それでもベヘリットによる儀式へ進んでいません。
そのため、
「本来の持ち主はガッツではない」
「ガッツが別の誰かへ届ける役割なのでは?」
という説もあります。
長期間登場しているのに、本当の意味がまだ確定していない非常に重要なアイテムです。
【考察】単行本未収録の存在が最後の敵になる?
幻の第83話を知っている読者の間では、
「ゴッド・ハンドのさらに奥にいる存在が、本当の最後の敵なのでは?」
という考察もあります。
確かにゴッド・ハンドさえ巨大な因果の一部だと考えれば、そのさらに上にいる存在が最終的な相手になるという構造は想像できます。
しかし、ここは特に注意が必要です。
三浦氏自身が第83話を単行本から外した理由は、
世界の範囲を早い段階で確定させたくなかったから
でした。
さらに、その存在をもう一度作品へ出すのかについても、
「自分でも分からない」
という趣旨で答えています。
したがって、
「最後の敵は第83話に登場した存在で確定している」
という話は公式設定ではありません。
むしろ三浦氏自身が、答えを固定しないために意図的に表舞台から外した存在なのです。
まとめ:『ベルセルク』は最初から完成していた物語ではなかった

『ベルセルク』には、最初から完璧な設計図が存在していたように感じます。
しかし三浦建太郎氏の制作方法を調べると、実際はもっと柔軟でした。
最初に存在したのは「黒い剣士ガッツ」という強烈な主人公です。
ガッツがなぜ怒っているのかを後から考えた結果、グリフィスと鷹の団が生まれ、黄金時代篇へ発展しました。
その一方で、蝕を考えるころには森恒二氏と最終回までの大筋を作っています。
さらに連載を続けながら、
狂戦士の甲冑。
シールケ。
キャスカの夢の世界。
など、新しい設定や表現が加えられていきました。
つまり『ベルセルク』は、
「最初からすべて計算されていた作品」
でも、
「その場で思いつくだけの作品」
でもありません。
最終的な目的地を持ちながら、キャラクターが動くことで新しい道を作り、以前描いたものへ後から意味を与えていった作品です。
そして髑髏の騎士の正体、ボイドとの過去、ベヘリットの本当の持ち主など、現在も答えが明かされていない謎が残されています。
制作の裏側を知ってから読み返すと、「これは最初から用意された伏線なのか、それとも後から意味を持ったのか」と考える楽しみまで増える作品ではないでしょうか。





















