『未来少年コナン』は、1978年にNHK総合で放送された全26話のテレビアニメーションです。
物語の舞台は、最終戦争によって文明が崩壊してから20年後の西暦2028年。
孤島で育った少年コナンが、海岸へ流れ着いた少女ラナと出会ったことから、大きな冒険へ旅立ちます。
そして『未来少年コナン』は、宮﨑駿氏にとって初めて監督を務めた作品でもあります。
子ども向けの分かりやすい冒険物語に見えますが、実は宮﨑監督は作品の裏側にかなり細かな世界設定を考えていました。
インダストリアでは何を食べているのか。
コナンはなぜ靴を履かないのか。
世界にはコナンたち以外の人間もいるのか。
さらに『天空の城ラピュタ』や『風の谷のナウシカ』との関係についても、昔からさまざまな考察があります。
今回は『未来少年コナン』の知られざる裏設定や制作秘話、有名な考察を紹介します。

西暦2008年、大きな戦争が起こり、人類は絶滅の危機に瀕していた。
それから20年、ちいさな島に育った少年コナンは、ある日、悪者に追われている少女ラナを助ける。
そして、持ち前の超人的なパワーと強い意志を武器に、コナンの未知なる冒険が始まった! NHK人気テレビシリーズの絵本化。
舞台となっているのは西暦2028年

『未来少年コナン』は、1978年当時から見た50年後の未来を描いた作品です。
舞台は西暦2028年。
超磁力兵器を使った最終戦争によって世界規模の大変動が起こり、それから20年が経過した地球で物語が始まります。
つまり大変動が起きたのは、設定上では2008年ごろということになります。
かつては遠い未来を描いたSFアニメでしたが、現実の2026年から見ると、コナンたちが暮らす2028年はわずか2年後です。
1978年の視聴者が想像した「未来」が、現実の時間ではほぼ追いついてしまったことになります。
ただし宮﨑監督は、未来社会を科学的に正確に予測しようとしたわけではありません。
文明が大きく崩れた後でも、植物や自然が力強く戻ってくる世界を描きたいと考えていました。
原作『残された人びと』とは大きく違う物語になった
『未来少年コナン』には原作があります。
アメリカの作家アレグザンダー・ケイによる小説『残された人びと』です。
公式サイトでも原作として明記されています。
しかし、宮﨑監督は原作をそのままアニメ化したわけではありません。
三鷹の森ジブリ美術館で開催された『未来少年コナン』展に関する説明では、宮﨑監督は原作に流れる暗い雰囲気には沿わず、大幅な変更を認めてもらうことを条件に監督を引き受けたと紹介されています。
その結果、明るく前向きなコナンを中心に、
ハイハーバーでの生活。
ダイスのコミカルな性格。
モンスリーの心の変化。
巨大メカを相手にした大胆なアクション。
などが加えられました。
『残された人びと』の映像化というより、原作の基本設定を使って宮﨑監督が新しい冒険物語を作った作品と考えたほうが分かりやすいでしょう。
登場人物は「みんな日本人」のつもりだった
『未来少年コナン』には、コナン、ラナ、ジムシー、ダイス、モンスリー、レプカなど、日本人らしくない名前の人物が大勢登場します。
そのため世界各国の生存者が集まっているようにも見えます。
ところが宮﨑監督は、作品の世界について、
登場する人々は「みんな日本人のつもり」で作った
という趣旨の説明を残しています。
髪の色が赤や茶色の人物がいるのも、人種を表現するためではありません。
全員を黒髪にすると映像として単調になるため、アニメーションとして色を変えているのだそうです。
さらにハイハーバーとインダストリアも、地球の反対側にあるほど離れているわけではありません。
交通手段がほとんど失われているため、実際の距離以上に遠く感じる世界として考えられていました。
映画を見ただけではまず分からない、かなり意外な設定です。
コナンは超人でも特殊能力者でもない
コナンの身体能力は普通ではありません。
海の中へ長時間潜る。
巨大な物を持ち上げる。
飛行艇の上を走る。
足の指だけで身体を支える。
といった驚異的な動きを何度も見せます。
公式プロフィールでも、コナンは海に囲まれた島で育ったため高い運動能力を持ち、とくに素潜り能力と足の指の強さが驚異的だと説明されています。年齢は11歳です。
しかし宮﨑監督は、
「コナンは決してスーパーマンじゃない」
という考えを明確に語っています。
現実では難しいかもしれない。
しかし人間には「もしかしたらできるかもしれない」という可能性がある。
その可能性を漫画映画として大きく膨らませたのがコナンなのです。
つまり、
「最終戦争後の人類が進化して超人的な身体能力を得た」
という裏設定があるわけではありません。
ここはネット上の考察と公式設定を分けておきたい部分です。
コナンが裸足なのは「足の指を見せるため」
コナンはどこへ行ってもほとんど裸足です。
島だけでなく、インダストリアの施設内や機械の上まで裸足で走っています。
この理由について、2022年の『未来少年コナン』展では非常に分かりやすい制作秘話が明かされました。
展示関係者が宮﨑監督へコナンだけ靴を履いていないことを尋ねたところ、
靴を履いたら足の指が見えないから
という趣旨の答えが返ってきたと紹介されています。
コナンにとって足の指は、キャラクターを象徴する重要な特徴だったのです。
宮﨑監督は、アクションについても普通に手を使って戦うだけでは面白くないと考えていました。
そこで足を積極的に使わせることで、力強さだけでなく少しコミカルな動きも作っています。
コナンの裸足は世界観上の理由というより、
「アニメーションとして面白く動かすため」
という制作上のアイデアだったのです。
コナンの表情は若いころの宮﨑駿にそっくり
キャラクターそのものにも、制作スタッフの姿が入り込んでいます。
『未来少年コナン』の制作に参加したアニメーターの友永和秀さんは、2022年の『未来少年コナン』展で、
コナンの顔は宮﨑監督にそっくり
という趣旨の発言をしています。
とくに力んだ顔や歯を食いしばった表情が似ているそうです。
アニメーターは自分の表情や動きを鏡で確認しながら絵を描くことがあります。
そのため宮﨑監督本人の表情や身体の動きが、無意識のうちにコナンへ入り込んでいったのではないかと制作スタッフは振り返っています。
コナンの性格まで宮﨑監督本人と同じという意味ではありません。
しかし、あの独特な表情には若いころの宮﨑監督自身が少し残っているのです。
コナンとラナは「新しいアダムとイブ」になる予定だった
コナンとラナの関係にも、初期段階では今とは違う考えがありました。
宮﨑監督は当初、
コナンとラナを新しい時代の「アダムとイブ」のような存在として考えたことがあった
と明かしています。
文明が崩壊した世界で出会った少年と少女が、新しい人類の始まりになる。
そんな神話的な構図も考えていたわけです。
しかし制作を進める中で、その考えは変わりました。
最終的なコナンは世界を救う使命を与えられた英雄ではありません。
ラナを助けたい。
仲間と楽しく暮らしたい。
魚を捕り、村を作って生活したい。
という非常に素朴な少年として描かれています。
一方のラナには、遠く離れたラオ博士やコナンと心を通わせるテレパシー能力があります。これは現在の公式キャラクター設定にも明記されています。
特別な能力を持つ少女と、特殊能力を持たない行動力抜群の少年。
後の宮﨑作品を思わせる組み合わせでもあります。
インダストリアでは食べ物まで石油から作っている
インダストリアの裏設定で特に驚かされるのが、食料です。
宮﨑監督によると、インダストリアは生活のほぼすべてを石油に依存しています。
食料は石油から作られた合成食品。
衣類も石油由来。
そして石油資源を確保するため、ダイスたちは各地から「プラスチップ」と呼ばれる古いプラスチックを集めています。
つまりバラクーダ号がプラスチップを集めているのは、単なる廃品回収ではありません。
インダストリアの社会そのものを維持するために必要な仕事なのです。
劇中では科学者たちが、
「このままでは3か月もたない」
という状況へ追い込まれています。
宮﨑監督によれば、レプカが物語後半で強引になっていく背景にも、インダストリアの資源不足による焦りがありました。
単なる権力者の暴走ではなく、社会そのものが限界へ近づいていたのです。
インダストリアには厳しい身分制度があった
インダストリアは科学の力で暮らす近代的な都市に見えます。
しかし社会制度はかなり厳しいものでした。
宮﨑監督の設定では、
1等市民
2等市民
地下住民
という階層が存在しています。
宮﨑監督自身も「カースト制度」のようなものと表現しています。
さらに市民は仕事や行動によって点数を付けられています。
失敗すると減点され、立場が悪くなる仕組みです。
実際に第9話付近では、コナンを逃した牢屋番が減点される場面があります。
ただし宮﨑監督は、この制度を細かく描きすぎると社会制度そのものを説明する作品になってしまうと考え、劇中では最低限しか見せませんでした。
そのため普通に見ているだけでは気づきにくいのですが、インダストリアは、
科学。
資源。
階級。
点数。
によって人々を管理する社会として設定されていたのです。
ラオ博士は「完全な善人」ではない
ラナの祖父であるラオ博士は、人類の未来を考えて行動する科学者です。
そのためレプカとは対照的な「善の科学者」に見えます。
しかし宮﨑監督は、ラオ博士をそこまで単純な人物として考えていませんでした。
ラオ博士は、旧文明で太陽エネルギー開発に関わった人物です。
そして過去の科学者たちが作り出した技術が世界規模の混乱へつながったことに、大きな責任を感じています。
そのため自分たち古い世代が残した問題を整理し、新しい世代へ未来を渡そうとしている人物なのです。
しかし宮﨑監督は、ラオ博士について「善人ではない」とも説明しています。
必要だと判断すれば、ラナを危険な場所へ連れていくことさえできる。
目的のためには非常に厳しい判断もする人物として設定されていました。
レプカだけが悪く、ラオ博士だけが正しいという単純な物語ではないのです。
このような善悪を簡単に分けない人物作りは、後の宮﨑作品でも何度も見られるようになります。
ファルコは旧文明から残された最後の1機
モンスリーたちが使用する飛行艇「ファルコ」。
公式設定によると、インダストリアに残っている最後の1機です。
動力には水素ガスタービンを使い、最高速度は360km/hとされています。
しかし新品の高性能機ではありません。
宮﨑監督のイメージでは、砂漠から引っ張り出して修理し、どうにか飛べる状態へ戻した古い機体でした。
プロペラが後ろ側にあるデザインにも理由があります。
宮﨑監督は乗り物を描くとき、
「人間がどこに乗っているのか見えるほうがいい」
と考えていました。
前に大きなプロペラを置けば操縦席が見えにくくなります。
そこでファルコでは後ろ側へプロペラを配置しました。
メカの構造を完全に現実的にするのではなく、
「誰が乗って、どう動かしているのか」
を観客へ見せることを優先したデザインだったのです。
ギガントは『ラピュタ』のゴリアテになるところだった
物語終盤に登場する巨大空中要塞「ギガント」。
宮﨑監督によると、「巨人」という意味から付けた名前です。
しかし名前を決める際には別案もありました。
そのひとつが、
「ゴリアテ」
です。
『天空の城ラピュタ』を知っている人なら聞き覚えがあるでしょう。
後にムスカたちが使用する巨大飛行船の名前として「ゴリアテ」が使われています。
つまり『ラピュタ』に登場する名前は、実は『未来少年コナン』制作時点ですでに宮﨑監督の頭の中にあったのです。
ギガントのデザイン自体も、宮﨑監督が子どものころに読んだ1930年代前後の航空機を紹介する雑誌の記憶がもとになっています。
スマートな未来兵器ではなく、巨大で重そうな姿にすることで、空から押しつぶされそうな威圧感を表現したかったそうです。
実は「未来少年コナン パート2」の構想もあった
『未来少年コナン』の世界で生き残っているのは、コナンたちだけではない可能性があります。
宮﨑監督は、地球上の別の場所にも人々が暮らしているかもしれないと考えていました。
そしてもし「パート2」を作るなら、
別の場所で生き残った人々。
言葉が通じない人々。
文化の異なる集団。
とコナンたちが出会う物語にしたいと考えていたそうです。
しかし、その物語をうまくまとめることが難しく、実現には至りませんでした。
つまり作品で描かれた、
のこされ島。
インダストリア。
ハイハーバー。
だけが世界のすべてではありません。
海の向こうには別の人類社会が存在している可能性が、宮﨑監督自身の世界設定として残されていたのです。
【有名な考察】ナウシカやラピュタと同じ世界なのか?
『未来少年コナン』には、昔から有名なファン考察があります。
それが、
「『未来少年コナン』『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』は同じ世界の違う時代なのではないか?」
という説です。
実際、ネット上でもこの3作品のつながりを疑う考察は長年語られています。
共通点はかなりあります。
高度な旧文明の崩壊。
自然が再び広がった世界。
巨大な旧文明兵器。
科学文明への警戒。
強い意志を持つ少女。
少女を助ける行動力のある少年。
巨大飛行兵器との対決。
といった要素です。
さらに『未来少年コナン』のギガントに「ゴリアテ」という名前候補があったことは宮﨑監督自身が明かしています。
そのため、『ラピュタ』とのつながりを想像したくなるのも分かります。
ただし、今回確認した日本アニメーションやスタジオジブリの公式資料には、
「3作品は同じ世界である」
という設定は確認できません。
したがって、
「コナンの時代からナウシカ、そしてラピュタへつながる」
と公式設定のように断定するのは避けたほうがよいでしょう。
同じ世界というより、
『未来少年コナン』で生まれた宮﨑駿監督のアイデアやテーマが、後の『ナウシカ』『ラピュタ』などへ形を変えながら受け継がれていった
と考えられます。
三鷹の森ジブリ美術館も、『未来少年コナン』を宮﨑作品の根本にある「漫画映画」の魅力が強く表れた作品として紹介しています。
まとめ:未来少年コナンには後の宮﨑作品の原点が詰まっている

『未来少年コナン』には、テレビ本編だけでは分からない細かな設定が数多く存在します。
登場人物は全員日本人のつもりで描かれていた。
コナンは特殊能力者ではなく、普通の少年を漫画映画的に大きく動かした人物だった。
裸足なのも、特徴的な足の指を見せるため。
インダストリアでは石油から食料や衣類を作り、市民には階級や点数制度まで存在していました。
さらにギガントには「ゴリアテ」という名前案があり、世界のどこかに別の生存者がいる「パート2」の構想まで考えられていました。
そして何より重要なのが、『未来少年コナン』が宮﨑駿監督の初監督作品だということです。
文明と自然。
巨大な機械。
空への憧れ。
元気な少年と意志の強い少女。
敵だった人物との和解。
そして、古い文明をそのまま復活させるのではなく、新しい暮らしを自分たちの手で作っていく人々。
後の宮﨑作品で何度も描かれる要素が、『未来少年コナン』にはすでに数多く詰まっています。
『ナウシカ』や『ラピュタ』を見た後に『未来少年コナン』を見直してみると、「ここから宮﨑駿作品が始まったのか」と感じられる場面が、想像以上にたくさん見つかるのではないでしょうか。

西暦2008年、大きな戦争が起こり、人類は絶滅の危機に瀕していた。
それから20年、ちいさな島に育った少年コナンは、ある日、悪者に追われている少女ラナを助ける。
そして、持ち前の超人的なパワーと強い意志を武器に、コナンの未知なる冒険が始まった! NHK人気テレビシリーズの絵本化。





















