『紅の豚』には、映画を何度見ても分からない裏設定や制作秘話が数多く存在します。
特に大きな謎が、
「ポルコはなぜ豚の姿になったのか」
という問題です。
さらにジーナには映画では明かされない国籍があり、ポルコの飛行艇にも政治的な意味を持つマークが描かれています。
実は『紅の豚』そのものも、最初から約90分の劇場映画として作られていたわけではありません。
今回は、宮﨑駿監督や鈴木敏夫プロデューサーの発言、スタジオジブリの関連情報などをもとに、『紅の豚』の知られざる裏設定や制作秘話を紹介します。
ポルコは自分自身に魔法をかけて豚になった

『紅の豚』最大の謎といえば、主人公ポルコ・ロッソの姿です。
ポルコはもともと「マルコ・パゴット」という人間の飛行艇乗りでした。
しかし映画では、なぜ人間から豚の姿になったのか詳しく説明されません。
実は、この理由は制作開始時から細かく決められていたわけではありませんでした。
鈴木敏夫プロデューサーが宮﨑駿監督に「何で豚なんですか?」と尋ねたところ、宮﨑監督もすぐには答えられなかったそうです。
そこで周囲のスタッフへ意見を聞いていく中から、
「ポルコは自分で自分に魔法をかけたらしい」
という設定が生まれました。
つまり、
「ある人物から呪いをかけられて豚になった」
という明確な設定があるわけではありません。
人間社会や自分自身に嫌気がさし、人間であることをやめるように自ら魔法をかけた人物として考えられているのです。
宮﨑駿監督はポルコが最後まで豚のままのほうがいいと考えていた
映画の終盤では、フィオとの口づけの後、ポルコの顔を見たカーチスが驚きます。
そのため、
「最後にポルコは人間へ戻ったのでは?」
という考察があります。
映画ではポルコの顔をはっきり見せないため、答えは観客へ委ねられています。
しかし宮﨑駿監督は、
ポルコは豚のまま最後まで生きていくほうが、この男らしい
という趣旨の考えを語っています。
さらに宮﨑監督によれば、ジーナもポルコが豚の姿のまま自分の前へ現れたとしても、それを受け入れようとしている女性なのだそうです。
そのため『紅の豚』は、
「魔法を解いて人間へ戻る物語」
とは少し違います。
ポルコが自分自身や過去とどう向き合うのか。
そこに物語の重要な意味があると考えられます。
原作『飛行艇時代』はわずか15ページだった
『紅の豚』には、宮﨑駿監督自身が描いた原作漫画があります。
タイトルは『飛行艇時代』。
三鷹の森ジブリ美術館の公式ショップでも、『飛行艇時代』は映画『紅の豚』の原作として紹介されています。
もともとは1990年に模型雑誌『月刊モデルグラフィックス』で連載されていた作品です。
驚くのは、その長さです。
現在刊行されている『飛行艇時代 増補改訂版』を出版する大日本絵画によると、映画のもとになったカラー漫画はわずか15ページでした。
一方、映画『紅の豚』の上映時間は約93分です。
つまり宮﨑監督は、15ページほどの趣味的な飛行艇漫画から、ポルコやジーナ、フィオたちの人生を描く長編映画へ物語を大きく膨らませたのです。

宮崎駿氏が描く、飛行艇と空への憧れが凝縮された『飛行艇時代』。
細部まで描き込まれた飛行艇や地中海を思わせる風景、空賊たちの活躍など、映画『紅の豚』の原作となった世界を楽しめます。
映画とはひと味違う宮崎駿氏の絵と物語を味わいたい方におすすめの一冊です。
ジーナは原作には登場しない映画オリジナルキャラクター

『紅の豚』でポルコの過去を知る重要人物がマダム・ジーナです。
ホテル・アドリアーノを経営しながら、ポルコのことを長年思い続けています。
ところが原作『飛行艇時代』にはジーナは登場しません。
映画化する際、
「フィオが登場するまでヒロインがいない」
という理由から新しく作られたキャラクターでした。
しかも初期設定では、現在の映画とはかなり違います。
空賊が暴れている影響でホテルの経営が悪化し、ジーナは店を閉めて国へ帰る予定だったそうです。
現在の映画では、ジーナはポルコの過去と現在をつなぐ非常に重要な人物になっています。
もし初期案のままだったら、『紅の豚』は現在よりもかなり違った物語になっていたでしょう。
ジーナはアルゼンチン国籍という裏設定
ジーナには、もうひとつ意外な裏設定があります。
映画の舞台はアドリア海なので、ジーナもイタリア周辺の出身だと思ってしまいます。
ところが設定上は、
「アルゼンチン国籍」
とされています。
そのヒントが、ジーナが所有している船です。
船にはアルゼンチン国旗を思わせる旗が掲げられており、『金曜ロードショー』公式でも、この旗はジーナがアルゼンチン国籍という裏設定に基づくものだと紹介されています。
映画の中では国籍について説明されないため、かなり気づきにくい設定です。
ジーナがどのような人生を歩み、なぜアドリア海でホテルを経営するようになったのか。
映画で語られていない過去がまだまだありそうな人物です。
ポルコの飛行艇には「共和主義者」という意味が隠されている
ポルコの赤い飛行艇にも、細かな裏設定があります。
尾翼に描かれているマークは、ポルコの故郷であるイタリア・ジェノバ市の市章を参考にしています。
さらに、その上には「R」という文字があります。
『金曜ロードショー』公式によると、この「R」には、
「ROSSO」
と、
共和主義者を表すイタリア語「Repubblicano」
という二つの意味が込められているとされています。
これはポルコという人物を理解するうえで重要です。
映画の時代にはイタリア社会でファシズムが急速に勢力を拡大していました。
しかしポルコは国家に従って再び軍人になることを拒み、一人の賞金稼ぎとして生きています。
ポルコの政治的な立場は、愛機の小さなマークにまで表現されていたのです。
街にいる青シャツの男たちにも意味がある
ポルコが街を歩いている場面では、青いシャツを着た男たちがポルコをじっと見ています。
普通に見ていると、ほとんど気に留めない人物たちです。
しかし彼らにも設定があります。
『金曜ロードショー』公式によると、青シャツの男たちはファシズムへ傾いている王党派の人々です。
デザインには、ムッソリーニが組織した「黒シャツ隊」が参考にされたとされています。
つまり映画の背景では、ポルコたちが飛行艇で冒険している一方、イタリアの社会そのものが大きく変わろうとしています。
ポルコが昔の仲間から空軍へ戻るよう誘われても断るのも、この社会情勢と無関係ではありません。
『紅の豚』は単なる飛行艇アクションではなく、
「国家に従うのか、自分の意志で生きるのか」
というテーマも描かれている作品なのです。
ピッコロ社の女性たちは当時のジブリ制作現場を反映していた

ポルコが壊れた飛行艇を修理するために訪れるピッコロ社。
ところが工場へ集まってきたのは女性ばかりです。
男性たちは仕事を求めて出稼ぎへ行っているため、親戚の女性たちが飛行艇を作ることになります。
この場面には、『紅の豚』を実際に作っていたスタジオジブリの制作現場も重ねられていました。
『紅の豚』では作画監督の賀川愛さん、美術監督の久村佳津さん、音響監督の浅梨なおこさんなど、主要な役職に女性スタッフが多く起用されています。
鈴木敏夫プロデューサーは、ピッコロ社で女性たちが飛行艇を作る姿には、当時の『紅の豚』制作現場が投影されていたと振り返っています。
つまり映画の中では女性たちがサボイアを作り、
現実世界では女性スタッフたちが『紅の豚』を作っていた。
映画と制作現場が重なっている面白い場面なのです。
最初はJALの機内で上映する短い作品だった
現在ではスタジオジブリを代表する長編映画のひとつですが、『紅の豚』は最初から劇場用の大作として企画されたわけではありません。
企画の始まりは、30分ほどのビデオ作品でした。
宮﨑駿監督による最初の企画書でも、45分ほどの作品が考えられていたとされています。
そこへ鈴木敏夫プロデューサーが、
「飛行機の映画なら飛行機の中で上映する」
というアイデアを思いつき、日本航空の参加が決まりました。
スタジオジブリ公式も、1992年にJALとスタジオジブリが共同で『紅の豚』を製作したことを明記しています。
ところが実際に制作を始めると、45分では物語を収めきれなくなります。
その結果、企画はどんどん大きくなり、最終的には約93分の劇場用長編映画になりました。
つまり『紅の豚』は、
「大人向けの小さな飛行艇作品」
から、
「劇場公開される長編映画」
へ成長していった作品なのです。
ポルコの隠れ家はクロアチアの島にある設定
ポルコが一人で暮らしている秘密の入り江。
透き通った海と断崖に囲まれた美しい場所ですが、具体的な地名は映画では明かされません。
宮﨑駿監督本人によると、ポルコは、
「クロアチアにある島のどこか」
に隠れ家を持っているという設定でした。
しかし宮﨑監督は、『紅の豚』を制作する前に現地へ行くことができませんでした。
そこで大量の航空写真を何度も見ながら、想像でポルコの隠れ家を作ったそうです。
そのため、ネットで紹介される特定の入り江を、
「ここがポルコの隠れ家の公式モデル」
と断定するのは注意が必要です。
映画の風景は、実在するアドリア海の景色を参考にしながら宮﨑監督が作り上げたものなのです。
ユーゴスラビアの内戦によって物語が重くなった
『紅の豚』には飛行艇で空を飛ぶ楽しさがある一方で、戦争や国家について考えさせる場面もあります。
この作品が当初よりも重い内容になった背景には、制作中に起きていた現実の出来事が関係しています。
宮﨑駿監督は『紅の豚』を制作している最中、ユーゴスラビアで内戦が始まり、クロアチアのドブロブニクが砲撃を受けたことに触れています。
そして、その出来事の影響によって映画が長くなり、少し重い内容を持つようになったと本人が説明しています。
当初は飛行艇が好きな宮﨑監督の趣味を強く出した、小さな作品として始まりました。
しかし制作中の現実世界と重なったことで、
戦争。
国家。
自由。
そして人間がどう生きるのか。
といったテーマが作品へ強く入り込んでいったのです。
『紅の豚』が単なる爽快な冒険映画ではない理由のひとつといえるでしょう。
宮﨑駿監督は『紅の豚』の続編も考えていた
実は宮﨑駿監督は、ポルコのその後を描く作品についても考えたことがあります。
そのタイトル案が、
『ポルコ・ロッソ 最後の出撃』
です。
2010年のインタビューで宮﨑監督自身が、このタイトルで新しい作品を作れたら幸せだという趣旨の発言をしています。
ただし、
「『紅の豚2』の制作が実際に進んでいた」
という意味ではありません。
宮﨑監督自身も、実際に作るとなれば自分の道楽になってしまうという考えから、本格的な制作には進みませんでした。
そのため正確には、
「宮﨑監督の頭の中には、年齢を重ねたポルコの新しい物語の構想があった」
ということになります。
映画ではポルコやジーナがその後どのような人生を歩んだのか、はっきりとは描かれません。
だからこそ、宮﨑監督自身がポルコのその後を考えていたという話は興味深い制作秘話です。
まとめ:紅の豚は「豚になった理由」を解く物語ではない
『紅の豚』には、映画だけでは分からない裏設定や制作秘話が数多く存在します。
ポルコは誰かから一方的に魔法をかけられたのではなく、自分自身に魔法をかけた人物として設定されました。
そして宮﨑駿監督は、最後まで豚の姿で生きていくほうがポルコらしいとも考えています。
さらに映画オリジナルキャラクターだったジーナにはアルゼンチン国籍という設定があり、ポルコの飛行艇には共和主義者であることを示す意味まで隠されています。
作品そのものも、わずか15ページの『飛行艇時代』から始まり、JALの機内上映を想定した短い作品を経て、約93分の劇場映画へ発展しました。
『紅の豚』で本当に重要なのは、
「どうすればポルコを人間の姿へ戻せるのか」
という謎解きではないのかもしれません。
過去を背負いながら、自分が信じた生き方を貫く。
国家や社会に流されず、自分のルールで空を飛ぶ。
そんなポルコの生き方そのものが、『紅の豚』という作品の大きな魅力なのではないでしょうか。






















