『シュナの旅』は、宮﨑駿氏が1983年に発表したオールカラーの絵物語です。
一般的な漫画とは少し違い、水彩画のような絵と文章によって物語が進んでいきます。
知名度では『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』ほど高くありませんが、宮﨑駿氏の作品を深く知るうえでは、かなり重要な位置にある作品です。
実際に『シュナの旅』には、後の『もののけ姫』『風の谷のナウシカ』『ゲド戦記』につながっていく要素が数多く含まれています。
さらに、宮﨑駿氏が長年アニメーション化を望んでいた物語だったことも明らかになっています。
ここでは作品内のあらすじではなく、制作背景や元ネタ、後の作品との関係、神人をめぐる有名な考察などを中心に紹介します。

チベットの民話「犬になった王子」をもとにした、谷あいの貧しい小国の後継者シュナの物語。
絵物語という形式で自らの夢を形にした宮崎駿監督のもう一つの世界。
1983年以来のロングセラー。
本当はアニメーションにしたかった作品

『シュナの旅』は、最初から絵物語として考えられていたわけではありません。
宮﨑駿氏は本書のあとがきで、元になったチベット民話を初めて読んだころから、アニメーション化することが夢だったと明かしています。
しかし宮﨑駿氏自身、このような地味な企画は当時の日本では通らないだろうと考えていました。
そこで徳間書店からのすすめもあり、アニメーションとは違う形で自分なりに作品化したものが『シュナの旅』です。
つまり『シュナの旅』の水彩画には、単なる挿絵ではなく、宮﨑駿氏が頭の中で思い描いていた「映像」が静止画として残されているとも考えられます。
スタジオジブリ公式サイトでも、本作を「水彩イラストによるオリジナル絵物語」と紹介しています。
映画にならなかった宮﨑作品の構想を、そのまま一冊の本に閉じ込めたような作品なのです。
元ネタはチベット民話「犬になった王子」
『シュナの旅』には、はっきりとした元になった物語があります。
チベットに伝わる民話「犬になった王子」です。
これは宮﨑駿氏本人があとがきで明らかにしています。
原話では、穀物を持たない貧しい国の王子が、人々を救うために麦の種を求めて旅立ちます。
苦難の末に王子は竜王の持つ麦を手に入れますが、その代償として犬の姿へ変えられてしまいます。
その後、一人の娘との出会いによって元の姿を取り戻し、故郷へ麦をもたらします。
大まかな骨組みを見ると、『シュナの旅』とかなり似ています。
しかし宮﨑駿氏は、この民話をそのまま再現したわけではありません。
むしろ原話を出発点として、まったく別の世界を作っています。
原話には「神人」も人買いの町も登場しない
『シュナの旅』で特に不気味なのが、神人を中心とした世界の仕組みです。
人間はかつて自分たちで金色の種を育てていたものの、現在は神人だけがその種を持っています。
人間の世界へ渡されるのは、食べることはできても次の作物を育てることのできない実だけです。
そして人々は、その穀物を得るために別の人間を神人へ差し出すという異常な仕組みに組み込まれています。
ところが、元になった「犬になった王子」の中心にあるのは、王子が竜王から麦を持ち帰るという比較的素朴な民話です。
神人、人買い、巨大な施設、巨大化した人間、種を独占する仕組みといったSF的な要素は、宮﨑駿氏が加えたものです。
つまり『シュナの旅』の中でもっとも謎めいた部分は、元ネタではなく宮崎駿氏のオリジナルなのです。
ここは本作を考察するときに非常に重要なポイントです。
シュナが受ける異変は「犬になる呪い」を作り替えたもの
原話では、麦を手に入れた王子が犬の姿に変えられます。
一方、『シュナの旅』ではシュナが犬になることはありません。
代わりに神人の土地から戻ったシュナは、それまでの人格や記憶を失ったような状態になります。
そしてテアとの生活を通して、長い時間をかけて自分自身を取り戻していきます。
つまり宮﨑駿氏は、原話にあった「姿を変えられる」という罰を、「人間としての自分を失う」という内面的な変化に置き換えたと見ることができます。
物語の骨組みは民話のままですが、その意味はかなり変わっています。
単なる魔法の呪いではなく、人間が触れてはいけない世界へ踏み込んだ代償のようにも描かれているのです。
実は『ゲド戦記』の影響を受けていた
『シュナの旅』の元ネタといえば「犬になった王子」が有名ですが、もう一つ重要な作品があります。
アーシュラ・K・ル=グウィン氏の『ゲド戦記』です。
宮﨑吾朗氏は映画『ゲド戦記』制作時の公式日誌で、『シュナの旅』も『ゲド戦記』から大きな影響を受けていたと明かしています。
これはかなり面白い関係です。
『ゲド戦記』の影響を受けて宮﨑駿氏が『シュナの旅』を作り、さらに20年以上後、宮﨑吾朗氏が『ゲド戦記』を映画化するときに『シュナの旅』を参考にしたからです。
影響の流れを簡単にすると、
『ゲド戦記』
↓
『シュナの旅』
↓
映画『ゲド戦記』
という形になります。
一度宮﨑駿氏の中を通った『ゲド戦記』の要素が、『シュナの旅』という別作品になり、それが再び映画『ゲド戦記』へ戻ってきたことになります。
映画『ゲド戦記』では正式に「原案」となった

『シュナの旅』と映画『ゲド戦記』の関係は、ファンの考察ではありません。
映画『ゲド戦記』では、アーシュラ・K・ル=グウィン氏の『ゲド戦記』が「原作」、宮﨑駿氏の『シュナの旅』が「原案」と正式にクレジットされています。
宮﨑吾朗氏によれば、映画の構想に行き詰まっていたころ、宮﨑駿氏が「『ゲド戦記』をやるくらいなら『シュナの旅』をやればいい」という趣旨の発言をしたことが伝えられました。
この言葉をきっかけに、
国を出た少年。
旅をする主人公。
少女との出会い。
荒れた世界。
という映画の基本的な方向性が固まっていったとされています。
三鷹の森ジブリ美術館の商品説明でも、映画版は『ゲド戦記』に『シュナの旅』の要素を加えた物語だと説明されています。
そのため映画『ゲド戦記』のアレンやテルーに『シュナの旅』のシュナやテアを感じるのは、偶然ではありません。
『もののけ姫』より14年早くヤックルが登場している
『もののけ姫』を知ってから『シュナの旅』を読むと、かなり驚く存在が登場します。
ヤックルです。
シュナも、アシタカとよく似た角のある動物に乗って旅をします。
しかも『シュナの旅』では、「ヤックル」は一頭だけにつけられた名前というより、動物を示す呼び方として使われています。
『シュナの旅』が発表されたのは1983年です。
『もののけ姫』の公開は1997年なので、ヤックルの原型は14年も前から存在していたことになります。
スタジオジブリ公式サイトも、『シュナの旅』の世界について『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』を思わせるものがあると紹介しています。
そのため、ヤックルに乗る若者という基本的なイメージが、後のアシタカへ受け継がれたと考えるのは自然でしょう。
ただし「シュナ=若いころのアシタカ」のように、同一人物としてつながっているという公式設定はありません。
あくまで宮﨑駿氏が以前の作品で作ったアイデアを、後の作品で再び使ったと考えるのが妥当です。
シュナはアシタカの原型なのか
ファンの間では、シュナを「アシタカの原型」と呼ぶことがあります。
確かに共通点はかなりあります。
どちらも若い男性で、小さな共同体から外の世界へ旅立ちます。
角のある動物を相棒とし、旅先で争いや人間社会の暗い部分を目撃します。
さらに、自分とは違う世界で生きる少女と出会う点も似ています。
ただし目的は違います。
シュナは故郷の人々を飢えから救うために旅立ちます。
アシタカは自分に降りかかった災いの原因を求めて西へ向かいます。
そのため『シュナの旅』をそのまま作り直した作品が『もののけ姫』というわけではありません。
シュナという人物の一部が、長い時間を経てアシタカという別の主人公へ発展したと見るほうが近いでしょう。
『ナウシカ』と同じ時期に生まれた作品

『シュナの旅』を「『風の谷のナウシカ』より前の原型作品」と説明されることがありますが、これは少し違うようです。
漫画版『風の谷のナウシカ』の連載が始まったのは1982年です。
『シュナの旅』が発表されたのは1983年なので、実際には漫画版『ナウシカ』の連載中に描かれています。
つまり、
『シュナの旅』から『ナウシカ』が生まれた。
という単純な順番ではありません。
この時期の宮﨑駿氏の中にあった考えや世界観が、複数の作品へ同時に流れ込んでいたと考えたほうが自然です。
荒れた大地。
小さな共同体。
巨大な文明の痕跡。
人間には理解できない存在。
生命を人為的に扱う仕組み。
こうした要素は、後半へ進むほど複雑になっていく漫画版『風の谷のナウシカ』にも登場します。
『シュナの旅』を読むと、1980年代初めの段階ですでに宮﨑駿氏が、後の作品につながるテーマを考えていたことがわかります。
神人の正体は最後まで明かされていない
『シュナの旅』最大の謎が「神人」です。
作品には神人という名前が登場しますが、その正体について細かな説明はありません。
どこから来たのか。
なぜ金色の種を独占しているのか。
巨大な施設は何なのか。
人間をなぜ必要としているのか。
そもそも神人は本当に「神」なのか。
こうした疑問には答えが示されていません。
宮﨑駿氏からも、神人の正体について明確な公式設定は発表されていません。
だからこそ、さまざまな説が生まれています。
神人は高度な文明を持った存在という考察
有名なのが、神人は神ではなく「高度な文明を持った存在なのではないか」という説です。
神人の土地にあるものは、普通の神話に登場する神の国とは少し違います。
巨大な構造物が存在し、空から何かがやって来て、人間が巨大な存在へ変化し、穀物が大量に生産されています。
その描写を機械や生産施設のように見ることもできます。
このため、
古代の高度文明。
人間とは異なる知的生命。
文明崩壊以前の技術を持つ集団。
などではないかと考察されています。
中には宇宙から来た存在ではないかという説もあります。
しかし、神人を宇宙人だとする公式発表はありません。
作品が意図的に説明していない部分なので、「正体不明」であること自体が設定の一部と考えたほうがよいでしょう。
「神の世界」に見えて実は工場なのではないか
もう一つ面白いのが、神人の土地そのものを巨大な生産施設と見る考察です。
表面だけを見ると、美しい植物が育つ豊かな土地です。
しかし、その豊かさを作っている仕組みを知ると印象が変わります。
人間の世界から集められた人々。
巨大な存在。
金色の穀物。
外の世界には繁殖できる種を渡さない仕組み。
これらが、一つの巨大な生産システムのようにつながっています。
つまりシュナがたどり着いたのは「神々の楽園」ではなく、人間社会を支配するための工場だったのではないかという考え方です。
宮﨑駿氏がこの説を正式に認めたわけではありません。
ただ、神話のような世界の奥に巨大な人工システムが存在する構造は、後の漫画版『風の谷のナウシカ』を思わせる部分があります。
金色の種は「食料を支配する者」の象徴という説
『シュナの旅』で重要なのは、神人が大量の穀物を持っていることだけではありません。
人間側には、次の収穫につながる種を渡していないことです。
食べればなくなる穀物だけを与え、自分たちで増やすための種は独占しています。
この仕組みが続けば、人間は神人から穀物を受け取り続けなければなりません。
つまり食料そのものではなく、「食料を作る能力」を支配していることになります。
ここから、
種を支配する者が社会を支配する。
自分で作る能力を失った社会は外部へ依存する。
便利さと引き換えに自立する力を失っていく。
というメッセージを読み取る考察があります。
現在では、企業による種子管理や次世代へつながらないよう加工された作物の問題と重ねて語られることもあります。
ただし『シュナの旅』は1983年の作品なので、現在の特定技術を直接批判するために描かれたと断定することはできません。
後の時代から見た結果として、現代社会と重なって見える部分が多いという程度に考えるのがよいでしょう。
本当のテーマは「文明から自立すること」なのか
シュナは最終的に大量の食料を持ち帰るわけではありません。
持ち帰ろうとするのは「種」です。
ここには大きな意味があります。
食料そのものを持ち帰れば、いつか食べ尽くしてしまいます。
しかし種があれば、自分たちで畑を作り、翌年の種を残し、その次の世代へつないでいくことができます。
つまりシュナが持ち帰ったものは食料ではなく、「自分たちで生きていく力」と見ることができます。
これは、神人が作り上げた依存の仕組みから抜け出す行為でもあります。
そう考えると『シュナの旅』は、王子が宝物を探す冒険ではありません。
「人間が自分の力で生きられる社会を取り戻す物語」と読むこともできます。
『シュナの旅』はジブリ作品ではない
現在はスタジオジブリ関連作品として紹介されることが多いため、『シュナの旅』をジブリ作品だと思っている人も少なくありません。
しかし発表された1983年には、まだスタジオジブリは設立されていません。
映画『風の谷のナウシカ』が公開されたのも翌1984年です。
つまり『シュナの旅』は、「ジブリの宮﨑駿」が作った作品というより、後にジブリ作品を作っていく宮﨑駿氏のアイデアが凝縮された作品といえます。
スタジオジブリ公式サイトが本作を「宮崎映画の原点ともいえる」と紹介しているのも、そのためでしょう。
映画にはならなかったがラジオドラマ化されている
映像化されていない『シュナの旅』ですが、実は別の形で作品化されたことがあります。
1987年にNHK-FMでラジオドラマ版『シュナの旅』が放送されています。
主人公シュナを演じたのは松田洋治氏です。
松田洋治氏といえば、後に『もののけ姫』でアシタカを演じた俳優です。
つまり、
シュナ。
↓
アシタカ。
というキャラクター上の共通点だけではなく、音声作品では同じ俳優が演じていることになります。
偶然だけでは片付けにくい、非常に興味深い共通点です。
ただし、松田洋治氏がアシタカ役に選ばれた理由が『シュナの旅』だったと宮崎駿氏が公式に明言した資料は確認できません。
そのため、ここは「隠された公式設定」ではなく、興味深い事実として捉えるのがよいでしょう。
『シュナの旅』は宮﨑駿作品のアイデア倉庫ともいえる
『シュナの旅』だけを読むと、小さな一冊のファンタジー作品に見えます。
しかし宮﨑駿氏の作品を時系列で並べると、印象が大きく変わります。
『ゲド戦記』から受けた影響。
『風の谷のナウシカ』と共通する文明への疑問。
ヤックルに乗って旅をする若者。
後のアシタカを思わせるシュナ。
後のゲド戦記テルーを思わせるテア。
神話とSFが混ざった神人の世界。
食料を生み出す力を独占する巨大な仕組み。
これらのアイデアは、その後の宮崎作品やスタジオジブリ作品で、形を変えながら何度も現れます。
その意味では『シュナの旅』は、完成した一つの作品であると同時に、宮﨑駿氏がその後何十年も描き続けるテーマの「原石」が残された作品でもあります。
特に『もののけ姫』『風の谷のナウシカ』『ゲド戦記』を知ったあとで読み返すと、初めて読んだときとはまったく違って見える作品です。
表面上は「金色の種を探す少年の旅」ですが、その奥には、文明とは何か、人間は何に依存して生きているのか、本当の豊かさとは何なのかという、後の宮﨑作品につながる問いがすでに隠されているのです。

チベットの民話「犬になった王子」をもとにした、谷あいの貧しい小国の後継者シュナの物語。
絵物語という形式で自らの夢を形にした宮崎駿監督のもう一つの世界。
1983年以来のロングセラー。





















