『千と千尋の神隠し』には、映画を何度見ても気づきにくい裏設定や制作秘話が数多くあります。
リンの意外な正体や、カオナシがもともと重要なキャラクターではなかった話など、作品だけでは分からない設定も少なくありません。
さらに、「幻のエンディング」やハクのその後など、長年ネットで語られている都市伝説について、スタジオジブリ側が答えているケースもあります。
今回は、公式に明かされた設定を中心に、有名な考察や都市伝説もあわせて紹介します。

不思議な世界に迷い込んだ少女・千尋の成長を描く、スタジオジブリの名作『千と千尋の神隠し』。
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カオナシはもともとただの端役だった

物語後半で大きな存在感を見せるカオナシですが、最初から重要なキャラクターとして考えられていたわけではありません。
制作初期では、橋のところに立っているだけの端役に近い存在だったとされています。
ところが物語をまとめていく中で、宮﨑駿氏と鈴木敏夫氏が、すでに登場させていたカオナシを活用することにしました。
その結果、千尋を追いかけて油屋へ入り、物語を大きく動かすキャラクターへ変わっていったのです。
完成版だけを見ると最初からすべて計算されていたように感じますが、制作途中で役割が大きく変わったキャラクターでした。
カオナシは神様ではない
八百万の神々が訪れる油屋に現れるため、カオナシも神様の一種だと思われがちです。
しかし、スタジオジブリの公式Q&Aでは「カオナシは神様ではありません」と明確に説明されています。
では、カオナシは何を表しているのでしょうか。
宮﨑駿氏は、カオナシについて「誰かとくっつきたいけれど、自分がない」というような人は誰の中にもいる、という趣旨の発言をしています。
カオナシは相手の欲望や性格に影響され、自分自身の姿まで変えてしまいます。
油屋では金や食べ物に囲まれて暴走しますが、銭婆の家ではおとなしく働いています。
周囲に流されてしまう人間の一面を形にした存在と考えると、カオナシの行動が分かりやすくなります。
リンの正体は「ナメクジ女」だった
千尋の先輩として働くリンは、見た目だけなら普通の人間に見えます。
しかし、スタジオジブリの公式Q&Aでは、油屋で働く男性従業員は「蛙男」、女性従業員は「ナメクジ女」という設定だと明かされています。
つまり、リンも基本的にはナメクジ女の一人ということになります。
なぜリンだけ人間の女性のように見えるのかについては、千尋にとって身近で親しい先輩だからではないか、と説明されています。
新人として職場へ入ったばかりのころは、先輩や上司がみんな同じように見えることがあります。
それが蛙男やナメクジ女という姿に表現されているようです。
ネットでは「リンの正体は白狐ではないか」という説も有名ですが、少なくともジブリ公式の説明ではナメクジ女となっています。
油屋の本当のモデルはスタジオジブリ

豪華な建物で多くの従業員が働く油屋には、さまざまなモデル説があります。
しかし、スタジオジブリの公式Q&Aでは、油屋の「実際のモデルはスタジオジブリ」と説明されています。
新人の千尋は油屋へ入り、「ここで働かせてください」と何度も頼み込みます。
ジブリ側も冗談を交えながら、スタジオジブリで働きたい人も上の階へ行って「働かせてください」と頼む、という作品との共通点を説明しています。
大勢の職人が一つの場所で忙しく働き、トップの人物が仕事を取り仕切る環境は、アニメ制作スタジオにも重なります。
油屋は単なるファンタジー世界の宿ではなく、宮﨑氏たちが実際に働いていた職場の空気も反映された場所だったのです。
油屋には歓楽街や風俗産業のイメージがある
油屋については、「昔の歓楽街を表しているのではないか」という考察が昔からあります。
この説は、完全な都市伝説というわけではありません。
宮﨑駿氏自身が、現代社会を描くうえで風俗産業という題材がふさわしい、という趣旨の発言をしています。
また、物語の序盤に登場する飲食店街についても、有楽町や新橋などの歓楽街がイメージされていたとされています。
千尋は油屋で働くことになると、本名を奪われて「千」という別の名前(源氏名?)を与えられます。
客である神々をもてなし、お金が大きな力を持つ油屋の世界にも、大人の社会を思わせる部分があります。
ただし、「油屋はそのまま特定の店を表している」という公式設定ではありません。
あくまで現実の歓楽街や接客業、大人の社会を重ねた世界と考えるのが自然でしょう。
油屋のモデルは日本各地の温泉や古い建築の組み合わせ
『千と千尋の神隠し』の油屋については、
「○○温泉がモデル」
という話が数多くあります。
しかしスタジオジブリは、宮﨑駿監督本人に油屋のモデルを確認しています。
宮﨑監督の回答は、
さまざまな温泉が入っており、特定のモデルはない
というものでした。
ただし、愛媛県松山市にある道後温泉は確かに入っているとも答えています。
さらに、東京の江戸東京たてもの園に保存されている銭湯「子宝湯」も、「商店街の中にそびえ立つ銭湯」という油屋のイメージへ大きな影響を与えています。
つまり油屋は、
ひとつの旅館をそのまま描いた建物ではなく、日本各地の温泉や古い建築の記憶を組み合わせて作られた場所
なのです。
また、群馬県の四万温泉・積善館も油屋のイメージモデルのひとつとして紹介されたことがあります。
ほかにも長野県の渋温泉・金具屋や岡山県の元禄旅籠 油屋などが「似ている」と話題になりましたが、こちらは公式にモデルと認められた場所ではないようです。
神様が温泉へ来る設定は実在する「霜月祭」がヒント
そもそも、なぜ神様たちが温泉へ入りに来るのでしょうか。
この設定にも元になったものがあります。
長野県南部の遠山郷などで行われる「霜月祭」です。
『金曜ロードショー』公式は、神々が湯屋へ疲れを癒やしに来るという設定について、この祭りが発想のヒントになったと紹介しています。
宮﨑監督は、日本の神様たちも現代ではきっと疲れているので、数日間温泉へ骨休みにやって来るのではないか、と考えたそうです。
油屋にやって来る神々がどこか庶民的なのも、こうした発想から生まれています。
千尋には実在するモデルがいた
千尋は完全に想像だけで作られた少女ではありません。
宮﨑駿氏の知人の娘たちが、キャラクターを考えるきっかけになっています。
宮﨑氏は当時、小学校高学年ほどの女の子たちと接する機会がありました。
そこで、その年代の少女たちが夢中になれる映画が少ないことに気づいたといいます。
「この子たちのための映画を作ろう」と考えたことが、『千と千尋の神隠し』制作の出発点になりました。
千尋という名前についても、モデルとなった少女の名前から一部が取られています。
そのため千尋は、最初から特別な能力を持った主人公ではありません。
どこにでもいそうな普通の10歳の少女として描かれているのです。
千尋のお母さんが冷たいのは意図的
映画の序盤を見ると、千尋のお母さんは少し冷たい人物に感じます。
千尋が腕にしがみついても優しく受け止めず、「歩きにくいからやめて」といった態度を取ります。
そのためネットでは、「過去に家族に何かあったのではないか」など、さまざまな考察も生まれました。
しかし、作画監督を務めた安藤雅司氏によると、この母親像は意図的に作られたものです。
従来の宮﨑作品に登場するような、優しく理想的な母親とは違う人物を描こうとしていました。
現実にいそうな、少し距離のある母親にしたかったのです。
つまり、千尋のお母さんの態度には特別な悲しい過去が隠されているというより、現代の普通の家庭を表すための人物造形だったと考えられます。
海の上を走る電車は「片道」だった

千尋とカオナシたちが銭婆の家へ向かう場面では、水面の上を走る不思議な電車が登場します。
作中では詳しい説明がないため、単なる異世界の交通機関にも見えます。
しかし、制作時にはかなり興味深い設定が考えられていました。
宮﨑駿氏は、油屋で働く者たちはお金を貯め、いつか橋の向こうへ出て自分の店を持つことを夢見ているという趣旨の説明をしています。
その一方で、あの電車については、一度乗れば戻ってこられないという設定も語られています。
千尋が釜爺から切符を受け取ったとき、「昔は帰りの電車もあった」という話が出てくるのも意味深です。
銭婆の家へ向かう電車の場面が少し寂しく感じられるのは、単なる演出だけではなかったのかもしれません。
ハクの本名には複数の神様の名前が隠れている
ハクの本当の名前は「ニギハヤミコハクヌシ」です。
非常に長く、不思議な響きを持つ名前ですが、適当に作られたものではありません。
スタジオジブリの公式Q&Aによると、この名前には日本神話に登場する複数の神様の名前が組み合わされています。
「ニギハヤミ」という部分からは饒速日命など、日本神話とのつながりを感じられます。
一方で、「ニギハヤミコハクヌシ」に正式な漢字表記が決められているわけではありません。
ネット上では漢字を当てた表記を見かけることがありますが、それが公式名というわけではないため注意が必要です。
川の主であるハクに、日本古来の神々を思わせる名前を与えることで、古くから存在する自然の神という雰囲気が強められているのでしょう。
ハクは千尋と別れたあとどうなったのか
映画の終盤で、千尋とハクは再会を約束して別れます。
しかし、その直前に湯婆婆はハクへ「お前は八つ裂きにされてもいいんだね?」と非常に厳しい言葉を投げかけています。
そのためネットでは、「千尋を逃がしたことでハクは厳しい罰を受けたのではないか」という説が長く語られてきました。
川が埋め立てられてしまったため、元の場所へ帰ることもできません。
このことも、ハクのその後を不安に感じさせる理由でしょう。
ただし、ハクがその後どうなったのかについて、公式から悲しい結末が確定されたことはありません。
むしろスタジオジブリの公式Q&Aでは、
「ハクは千尋が元住んでいた家の近くを流れる川の主でした。千尋がその川を訪れることがあれば……。」
と、ハクの無事を想像できるような回答がされています。
「幻のエンディング」は公式が否定している
『千と千尋の神隠し』には、非常に有名な都市伝説があります。
それが「映画館では別のエンディングが上映されていた」という話です。
その内容は、新居へ着いた千尋たちが引っ越し業者と話したあと、千尋が近くの川を見つけます。
そこでハクを思い出し、銭婆からもらった髪留めが光る、というものです。
不思議なのは、「自分も映画館でその場面を見た」と語る人が少なくないことです。
しかし、スタジオジブリは公式Q&Aで、この話について明確に回答しています。
答えは「都市伝説です」。
つまり、劇場公開版にそのような後日談が追加されていた事実はありません。
多くの人が同じような記憶を持っているため、『千と千尋の神隠し』を代表する都市伝説になっています。
本当に存在した「もう一つの千と千尋」がある
幻のエンディングは存在しません。
しかし、『千と千尋の神隠し』には本当に制作されなかった別の物語がありました。
初期案では、現在の映画とはまったく違う形で物語が始まる予定だったのです。
宮﨑駿氏によると、当初は千尋の自宅から物語が始まり、千尋の部屋が妖怪たちの通り道になるという構想がありました。
さらに、千尋だけでなく母親も一緒に油屋へ向かう展開が考えられていたといいます。
しかし、このアイデアは作品を作っていく中で変更されました。
完成版では、引っ越し途中に家族全員で不思議なトンネルへ入り、千尋一人が試練に立ち向かう物語になっています。
存在しない「幻のエンディング」よりも、本当に存在した初期版のほうが、現在の作品とは大きく違っていたのです。
千尋が豚の中に両親がいないと分かった理由
物語の最後、千尋は湯婆婆から最後の試験を受けます。
並べられた豚の中から、自分の両親を当てるというものです。
しかし千尋は一匹ずつ確認することなく、「この中にはいない」と答えます。
なぜ分かったのでしょうか。
実は、スタジオジブリの公式Q&Aでも、はっきりした理由は説明されていません。
その代わり、宮﨑駿氏が大きな影響を受けた児童文学『クラバート』を読むよう勧めています。
『クラバート』にも、多くの動物の中から本物を見抜くという似た場面があります。
つまり、「千尋が特殊能力を手に入れたから分かった」という単純な設定ではないようです。
油屋での経験を通して千尋自身が成長したことに加え、宮﨑氏が影響を受けた物語も関係している可能性があります。
あえて答えを説明しないところも、『千と千尋の神隠し』らしい部分でしょう。
銭婆からもらった髪留めは「夢ではなかった証拠」

物語の最後、千尋は両親とともにトンネルを抜け、人間の世界へ帰ってきます。
父親と母親は異世界で起きたことを覚えていません。
そのため、
「すべて千尋の夢だったのでは?」
とも考えられそうです。
しかし宮﨑駿監督は、あの世界を全部夢だったことにはしたくなかったと語っています。
その証拠として残されたのが、銭婆たちが作ってくれた髪留めです。
ラストで千尋が振り返ったとき、髪留めが一瞬光ります。
小さな演出ですが、
千尋が体験した不思議な世界は本当に存在した
ことを示す重要なアイテムだったのです。
千と千尋の神隠しの裏設定まとめ
『千と千尋の神隠し』には、映画の中だけでは分からない細かな設定が数多く隠されています。
リンがナメクジ女だったことや、カオナシが当初は端役だったことなど、完成した作品からは想像しにくい裏話もあります。
一方で、ハクのその後や千尋が豚を見抜けた理由など、公式でもあえて答えを決めていない部分があります。
「幻のエンディング」のように、長年信じられていた説をスタジオジブリ自身が否定した例もありました。
すべてを説明せず、見る人に想像する余地を残していることも、『千と千尋の神隠し』が何度も見たくなる理由なのかもしれません。

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