国民的漫画として知られる『サザエさん』ですが、アニメだけを見ているとわからない設定が数多く存在します。
原作漫画では現在のイメージとはかなり違うサザエやワカメが描かれ、ネットではいつの間にか本物の設定として広まった都市伝説もあります。
なかには、タラちゃんに妹がいる未来や、サザエとマスオが磯野家で暮らすことになった意外な理由まで描かれていました。
今回は、長谷川町子氏が残した原作や公式情報を中心に、『サザエさん』の意外な裏設定、有名な考察、都市伝説の真相を紹介します。

「昭和」という時代を、昭和20~40年代に新聞連載されていた漫画「サザエさん」(作・長谷川町子)で読み解く図鑑。
紙芝居、バスガール、黒電話、食堂車、たき火、大学紛争、三億円事件など、昭和の101の事物を4コマ漫画「サザエさん」202本と貴重な当時の写真101枚で解説。
実はかなり若い磯野家!波平は見た目ほど「おじいさん」じゃなかった

『サザエさん』の主要キャラクターは、見た目の印象よりかなり若い設定です。
サザエは24歳、
マスオは28歳。
現在の感覚ならまだ20代の若い夫婦です。
3歳のタラちゃんがいるため、サザエは21歳ごろ、マスオは25歳ごろに親になった計算になります。
さらに驚くのが、磯野家のきょうだいの年齢差です。
サザエは24歳、カツオは11歳、ワカメは9歳なので、サザエとカツオは13歳差、ワカメとは15歳差もあります。
そのためネットでは「サザエだけ母親が違うのではないか」という都市伝説まで生まれましたが、長谷川町子美術館の広報担当者が「原作からそのような噂を読み取れる場面はない」と否定しています。
また、
波平は54歳、
フネは50ン歳。
波平はサザエが生まれたとき30歳、カツオが生まれたとき43歳、ワカメが生まれたとき45歳だった計算です。
そして、フネだけ「50ン歳」と年齢がぼかされている理由は不明。
毎週見ていると「昔ながらの大家族」という印象が強い磯野家ですが、年齢だけを見ると、20代夫婦と小さな子供、その若い祖父母が一緒に暮らしているという家族構成なのです。
波平は平均的な男性会社員の約2倍を稼ぐエリートだった
磯野波平は、ごく普通の会社員に見えますが、原作ではかなりの高給取りとして描かれています。
1965年に掲載された原作では、波平本人が「月給税込み七万円」と話す場面があります。
1965年頃はラーメン一杯が60~70円の時代。
当時の男性会社員の平均的な月給は約3万5,000円だったため、波平は平均の約2倍を稼いでいた計算です。
現在の感覚で単純に金額だけを比べることはできませんが、波平は「昔ながらの一般的なお父さん」ではなく、実は会社ではかなりのエリートだったと想像できます。
一方、ネットでは「波平の月給は78万5,420円」という情報も有名になりました。
これは1977年放送の「まっ白い家計簿」に登場した数字で、家計簿には「波平給与 785,420円」と書かれていたのです。
しかし、実はこの金額を書いたのはカツオであり、いたずらで適当な数字を書き込んだだけだったのです。
そのため「波平は月収78万円」「年収1000万円を超える」という説は公式の収入設定ではありません。
ですが、実際に原作で本人の口から確認できる月給7万円だけでも、当時の男性会社員の平均の約2倍。
わざわざ都市伝説の数字を使わなくても、波平がかなり稼いでいたことは間違いないのです。
タラちゃんには「ヒトデちゃん」という妹がいる

現在のアニメでは、サザエとマスオの子供はタラちゃんだけです。
ところが長谷川町子氏自身が、タラちゃんの妹を描いたことがあります。
1954年に『漫画読本』創刊号へ掲載された一コマ漫画「サザエさん一家の未来予想図」には、連載当時から10年後の一家が登場しました。
そこに描かれているのが、サザエとマスオの娘「フグ田ヒトデ」です。
つまり現在の時間軸ですでにヒトデが生まれているという設定ではなく、長谷川町子氏が考えた「未来のフグ田家」に存在する第二子ということになります。
一度しか描かれなかったため長く幻のキャラクターとなっていましたが、2019年の実写ドラマ『磯野家の人々~20年後のサザエさん~』では、成長したヒトデが家族の一員として登場しました。
サザエとマスオのお見合いはデパートの大食堂だった
仲の良い夫婦として描かれているサザエとマスオですが、恋愛の末に結婚したわけではありません。
ふたりはお見合いで知り合っています。
しかも場所は静かな料亭などではなく、大勢の客がいるデパートの大食堂でした。
周囲の客から注目されて落ち着いて話せる状態ではなくなり、サザエが早く話を決めようとし、マスオも同意します。
現在の感覚でいえば、かなりのスピード婚です。
見合い場所について「福岡の岩田屋だった」という説も有名ですが、具体的な店名まで公式に確定しているわけではありません。
マスオは婿養子ではない
磯野家で波平やフネと暮らしているため、マスオを「磯野家の婿養子」だと思っている人も多いのではないでしょうか。
しかし正式な名前は「フグ田マスオ」です。
サザエも結婚後は「フグ田サザエ」、タラちゃんも「フグ田タラオ」となっています。
つまり現在の家には、磯野家とフグ田家という二つの家族が一緒に暮らしていることになります。
フジテレビも公式番組で、マスオについて「婿養子ではない」と説明しています。
磯野家との同居はマスオが借家の塀を切ったことがきっかけ
サザエとマスオは結婚直後から磯野家で生活していたわけではありません。
新婚当初は、夫婦だけで借家に住んでいました。
ところがマスオは棚を作るため、借家を囲んでいた木製の塀をノコギリで勝手に切ってしまいます。
当然ながら大家は怒り、サザエも大家と大げんかになりました。
最終的に波平が謝り、夫妻は借家を出て磯野家で暮らすことになります。
現在の温厚なマスオからは想像しにくい、かなり大胆な新婚時代です。
この出来事は原作だけでなく、2019年放送のアニメでも同居のきっかけとして改めて紹介されています。
サザエの特徴的な髪型は当時の流行だった

サザエといえば、左右と前方へ大きくふくらんだ独特の髪型がトレードマークです。
現在では「サザエさんの髪型」としか思えないほど個性的に見えます。
しかし、連載開始当時としては流行を取り入れた髪型でした。
長谷川町子美術館も、サザエは「当時流行した髪型」で登場したと説明しています。
服装についても同じで、時代に合わせてワンピース、ミニスカート、パンタロンなどを着用していました。
現在は昭和を象徴するような姿ですが、原作のサザエはむしろ新しい流行を積極的に取り入れる、おしゃれな女性だったのです。
原作のワカメはアニメよりかなり活発
アニメのワカメには、まじめで優しく、カツオよりしっかりした妹というイメージがあります。
ところが長谷川町子氏が描いた原作のワカメは、もっと活発な女の子です。
欲しいものがあると手足をばたつかせて泣いたり、家族にいたずらをしたり、かなり強情な一面も描かれています。
長谷川町子美術館も、アニメでは優等生のイメージが強い一方、原作では子供らしく活発な人物だったと紹介しています。
さらにワカメには、『わかめちゃん』という自身が主人公の漫画や絵本まで存在しました。
今ではサザエの妹という印象が強いワカメですが、単独で主人公を任されるほど重要なキャラクターだったのです。
磯野家には「磯野藻屑源素太皆」というご先祖がいる
磯野家には、名前からして強烈なご先祖が設定されています。
名前は「磯野藻屑源素太皆」。
読み方は「いそのもくずみなもとのすたみな」です。
幕末の人物で、お殿様の前でおはぎを38個食べ、褒美をもらったという逸話まで残っています。
ネット上で作られたネタのようにも見えますが、『サザエさん』公式サイトにも掲載されている正式なキャラクターです。
伊佐坂先生一家は別の漫画からやってきた
磯野家の隣に住む小説家の伊佐坂難物先生。
妻のお軽、息子の甚六、娘の浮江とともに、『サザエさん』ではおなじみの一家です。
しかし伊佐坂家は、もともと『サザエさん』のために作られたキャラクターではありません。
長谷川町子氏の別作品『似たもの一家』の登場人物でした。
その後『サザエさん』にも登場するようになり、現在では磯野家の隣人として定着しています。
朝日新聞出版も『似たもの一家』について、「磯野家の隣人」である伊佐坂先生一家の物語として紹介しています。
現在の言葉でいえば、別作品からキャラクターが参加した「作品をまたいだ共演」のようなものだったのです。
『サザエさん』には一度「花嫁姿の最終回」が存在した

『サザエさん』には最終回がない、とよくいわれます。
しかし厳密には、連載途中で「最終回」として描かれた話が存在します。
1947年5月8日の『夕刊フクニチ』掲載回では、サザエが花嫁姿になり、作品の終了が読者へ告げられました。
長谷川町子氏の活動拠点などの事情から、一度連載を終えることになったためです。
ところが人気作品だった『サザエさん』は、その後再び連載が始まりました。
公式年表を見ると、『サザエさん』は初期に終了と再開を何度も経験しています。
「一度終わった漫画が復活して国民的作品になった」という、現在ではあまり知られていない歴史があります。
1974年の最後の掲載回は普通の日常回だった
長期間続いた新聞漫画『サザエさん』の最後の掲載は、1974年2月21日でした。
しかし内容は、家族が別れたり物語の結末が描かれたりするものではありません。
物価上昇などの影響で学校給食が難しくなり、サザエがカツオに弁当を持たせるという、その時代の社会を反映した普通の4コマでした。
翌日から長谷川町子氏の体調不良によって休載となり、その後連載は再開されていません。
公式サイトでも、1974年2月に「休載のまま連載終了」と説明されています。
そのため長編漫画のような、物語を締めくくる正式な結末は存在しないのです。
「一家が海へ還る最終回」は完全な都市伝説
『サザエさん』でもっとも有名な都市伝説のひとつが、海へ還る最終回です。
内容にはいくつか種類がありますが、よく知られているのは「一家がハワイ旅行へ向かう途中で飛行機事故に遭い、それぞれ名前の由来となった海の生き物へ戻る」というものです。
サザエはサザエ、カツオはカツオ、ワカメはワカメとなり、そのまま海へ還るという衝撃的な内容になっています。
しかし、このような回は長谷川町子氏の原作には存在しません。
前述した通り、最後に掲載された原作はカツオの学校給食を題材にした日常回です。
「登場人物が全員海に関係する名前」という設定から生まれ、口コミなどによって広まった都市伝説と考えられます。
「磯野家は超高学歴一家」という情報もほとんどがデマ

ネットでは以前から、
「波平は京都大学」
「ノリスケは東京大学」
「穴子さんは京都大学」
「三河屋のサブちゃんは一橋大学」
といった学歴情報が拡散されています。
これが本当なら、『サザエさん』は驚くほどの高学歴キャラクターばかりです。
しかし、これらのほとんどには公式な根拠がありません。
特に波平の京都大学説は、長年波平を演じた声優・永井一郎氏が京都大学出身だったことから混同された可能性が指摘されています。
一方、マスオについてはアニメ公式資料で早稲田大学出身という設定が紹介された例があります。
ネット上に出回っている「サザエさん学歴一覧」を、そのまま公式設定として信じない方がよさそうです。
『サザエさん』の視聴率から景気を予測する研究まであった
日曜日の夕方になると、翌日の仕事や学校を考えて気分が重くなる現象は「サザエさん症候群」と呼ばれています。
さらに経済の世界には、『サザエさん』の視聴率と景気や株価を結びつける「サザエさん効果」と呼ばれる説まであります。
考え方は単純です。
景気が良ければ休日に外食やレジャーへ出かける家庭が増えるため、日曜夕方のテレビ視聴率が下がります。
反対に景気が悪ければ家で過ごす人が増え、『サザエさん』を見る人も増えるのではないかというものです。
単なるネットの冗談ではなく、大和総研の吉野貴晶氏が実際に「サザエさんの視聴率と株価の関係」を研究し、2006年には『サザエさんと株価の関係』という本まで出版しました。
ただし、「サザエさんの視聴率が上がれば必ず不況になる」という意味ではありません。
帝国データバンクが2015年以降のデータを調べた分析では、近年は『サザエさん』よりも別のテレビ番組の方が景気との強い関係を示す結果も出ています。
サザエさんの裏設定まとめ
『サザエさん』には、アニメを毎週見ているだけでは気づきにくい設定が数多く存在します。
タラちゃんの妹「ヒトデ」や、サザエとマスオの意外なお見合い、借家の塀を切ったことから始まった磯野家との同居など、現在の穏やかな一家からは想像しにくい話も少なくありません。
一方、「海へ還る最終回」「フネは後妻」「磯野家は全員超高学歴」といった有名な話には、公式設定ではないものも混ざっています。
とくに『サザエさん』は1946年から続く長い歴史を持つため、原作、アニメ、公式資料、ファンの考察が混ざりやすい作品です。
都市伝説と本当の設定を比べながら見てみると、いつもの磯野家も少し違って見えてくるのではないでしょうか。

「昭和」という時代を、昭和20~40年代に新聞連載されていた漫画「サザエさん」(作・長谷川町子)で読み解く図鑑。
紙芝居、バスガール、黒電話、食堂車、たき火、大学紛争、三億円事件など、昭和の101の事物を4コマ漫画「サザエさん」202本と貴重な当時の写真101枚で解説。





















